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「創造っていうのはテーマだから、銀行の中でも、銀行としての新しい仕事は、みんな僕、飛びついたね」
アイデアと気力さえあれば、埋没しないようにできるということなんだろう。そして組織だからこそ大きなことができる。世の中の枠組みを変えることすら。働く人にとっていい叱咤になる体験だなと思った。でも大変なことでもある。小椋さんだって、こう言うのだから。
「僕なんかはやっぱり、取り込まれることに抵抗する数十年間だったね」
と言いながらも、音楽家という表現者として生きる時間よりも、銀行員という組織の中で、個を発揮し、周りを動かしていったことのほうを、ドラマチックに話されるのは、やはり仲間や同志の存在や、ダイレクトに自分の仕掛けの結果と反応が生々しく跳ね返ってくるのが会社だったからだろう。音楽的ヒットは小椋さんにとっては、対岸の花火みたいな感覚もあったのだろうか。
それからもうひとつ、哲学者・小椋佳さんのことばでしびれたのが、
「なんのために生きるのか、そんなもの答えなんかないってことに気づいた」
これは青春時代に発作が起きるほど悩んで、たばこの煙のランダムさにヒントを得て、開眼されたこと。
「待てよ、俺は答えのないことに悩んでいるかもしれない」と楽になったのだそう。そういう達観は現代人にいまとても必要かもしれない。
社会という大きな組織の中で、ダイナミズムを楽しみながらも、自分なりのテーマを持ち、衝突をも楽しむ。そして究極は、ただ精いっぱい生きることが意味なんだということ。
小椋さんとののんびりした時間は私にとっては、たばこの煙のようだった。
※AERA 2022年12月19日号
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