TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今年閉館した「岩波ホール」について。
* * *
神田神保町が寂しくなった。岩波ホールがなくなったからだ。渋谷、新宿では見ることのできない作品ばかり。自分にはまだ見知らぬ世界があるのだと教えてくれた。
初めて観たのはイングマール・ベルイマンの『ファニーとアレクサンデル』。全部で五部からなる311分の長さで、観終わり街へ出ると夕暮れになっていた。
沈黙の共有というのか、万事控えめなホールで、そこで働く人と言葉を交わしたことはなかった。今年7月、最後の作品『歩いて見た世界』は監督のヴェルナー・ヘルツォークが作家ブルース・チャトウィンの足跡を追うドキュメンタリーだった。テーマは放浪=ノマド。岩波ホールもどこかへ放浪してしまうと切なくなった。上映後、館内あちこちで写真を撮り、思い切って、お話を伺えませんかと係の女性に訊ねたら、「そういうことは承っておりません」
諦めきれず、知り合いの東京新聞I記者に相談し、そこで働いていたはらだたけひでさんに会うことができた。「ホールに半生を捧げた方だよ」と記者が言った。
「何しろ人生の3分の2を費やした場所が無に帰すのだから、大地がなくなるのと同じです」とはらださん。「血と汗と涙を流したところ。実にやるせない」
都立高校を卒業後、70年安保の名残でドロップアウト、長野伊那の山村で農家の手伝いをし(はらださんもノマドだった!)、アルバイトから岩波ホール社員になったが、当時、ホールは世界の埋もれた名画を発掘する『エキプ・ド・シネマ』運動を始めたばかりだった。
総支配人高野悦子さんは書いている。「“エキプ”という言葉は私が提案した。フランス語で仲間の意味である。単なる仲間や友人よりもっと緊密な関係、志を同じくする友だち、すなわち同志という意味がこめられている」(『岩波ホールと<映画の仲間>』)