この本は古今東西、歴史的に著名な作家や思想家、政治家たち、いわゆる偉人と呼ばれる天才たちが遺した13の「名言」を取り上げたものです。ただし、金科玉条の言葉をセレクトして紹介する本の一般的なイメージからすると、ずいぶん変わった趣向だな、と思われる一冊かもしれません。というのも、この世の本質や真実を極めてシンプルに突いた「名言」に対し、おせっかいにもこの私が、いろんな解釈や思いつき、インスパイアされた余談などを、あれこれと重ねていった。つまりはフリーズドライのように凝縮された言葉を、いまの等身大の日常生活で使えるように湯戻ししていった。そうしてどんどん新たな言葉が膨らんでいく過程を書きとめたのが、この本というわけです。
そもそも「名言」とは何でしょうか。ひとつ考えられるのは、ありあまる才能を持って生まれてきた天才たちとは、最も悩む人でもあるということです。彼らの多くは私たち凡人が見えないことまで見えてしまって、考えなくていいことまで考えてしまう。そうして人間という矛盾した存在の、誰も足を踏み入れたことのない奥地にまで孤独に歩みを進めてしまう因果な宿命を背負っている。
でも、その途方もない試行錯誤、悪戦苦闘の代償として、きっと時々、超越的なひらめきや知恵が降り注いでくるんでしょう。天才という器に、人間の寿命の枠を超えた歴史性が注ぎ込まれる瞬間が訪れる。人間や世界の在りようを一言で言い表せる光が差すんです。彼らもその瞬間に驚いて、「降り注いできたもの」をさっと書きとめる。これをちょっとシニカルに言うと、人間という難解な矛盾を、あたかも矛盾でないかのように上手く騙してくれる奇跡のような言葉――それが「名言」だと思うんです。その中には、残酷なまでの矛盾をそのまま突きつけてくるものもある。だけど、あまりに言葉が美しいので、我々はすっと、ごっくり飲みこんでしまう。カプセルで包んだ苦い粉薬のように。