ビートたけしが初めて書いた純愛小説『アナログ』には、古希を迎えた彼がいま理想とする恋愛観や女性観がつまっている。小説は時に作者の心情を白日の下にさらしてしまうのだが、この作品はまさにその典型だ。
主人公は30代のインテリアデザイナー。2015年のある日、広尾の喫茶店でたまたま出逢った女性と恋に落ちる。2人は互いの連絡先を聞くことなく、毎週木曜日の夕方に同じ店で会えれば交際をつづけようと約束する。この決め事の底にある思いを、主人公と頻繁に会っては深酒する悪友の一方がこう代弁する。
〈今どきの何でも手軽に連絡を取り合う人間関係、それじゃ悩んだり心配したり、心の葛藤がない。時代に逆らうようなアナログな付き合い方、それが本当の恋愛かもしれない〉
おそらくビートたけしの創作の動機もこれなのだろう。大事なことは面倒くさいのだ。主人公は、だから大いに悩んだり心配したりしながら、彼女との再会に生きがいすら感じるようになる。性欲に支配されることもなく、会っている時間を慈しむ。
純愛にふさわしい古典的な展開は後半もつづき、2人の悪友が躍動する。いまの30代が使うはずのない(東海林太郎やヒデとロザンナや三波春夫が登場する)ギャグを連発しつつ主人公をからかうものの、いざとなると純愛の成就に全力で協力してみせる。男子の友情がほとばしる。
ビートたけしが憧れの恋愛を描いたこの小説は、読了してみると、純愛よりも友情が心に残る。作者はそれでは不満かもしれないが、これは、悪友の心意気が愛おしくなる純情小説である。
※週刊朝日 2017年11月3日号