メディアのインタビューにはめったに応じない村上春樹。そんな先輩作家を質問攻めにするインタビュアーは川上未映子。『みみずくは黄昏に飛びたつ』は、このやや意外な組み合わせによるロングインタビュー集だ。作家同士の対談はとかく内輪話に終始しがちだが、川上はどこまでも読者代表として正面突破を試みる。
たとえば作家の政治的な発言について。小説家が意見表明をしないのは〈村上さんの影響もあるような気がしています〉と迫る川上。村上の答えは〈そうね。ある程度直接的なことをもっと言うべきだと思う。(略)考えていることはあるんだけど、少し時間はかかるかもしれない〉。
おお、そうなのか!
ただし、村上も簡単に尻尾はつかませない。村上作品の女性像について〈男の作家の書く女性は、ファンタジーだ〉といった声があるが、〈村上さんはそういう性差にまつわる問題や指摘をあまり気にせず、自由にお書きになってるっていう感じがするんですが〉。これ、じつは相当辛辣な批判なんですよね。だが、当の村上は〈女の人がどう考えるんだろう、どう感じるんだろうとか、あんまり細かく考えないですね〉。女性の登場人物が男性の自己実現の犠牲になっているのでは、という質問というか指摘にも〈うーん、たまたまのことじゃないかな〉。
村上春樹、はぐらかしているのか、何も考えていないのか。じつは意外に後者かもしれないぞ。
『騎士団長殺し』の「イデア」について、一応プラトンを読んできたという川上の説明に〈全然知らなかった〉。繰り返し出てくるモチーフも〈そういうことを意識したこと自体がない〉。〈これは前と同じだ、まずいな〉とは考えない?〈僕の場合、昔書いたことってほとんど忘れちゃってるから、そんなに気にならない〉
手前勝手な深読みをみんながしてきた村上春樹。ところが本人いわく〈本当に忘れちゃうんです〉。ひえー、これはけっこうな爆弾発言でしょう。さあ、どうする、世界中の深読み軍団諸君。
※週刊朝日 2017年6月2日号