経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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「防衛力強化資金」法案の国会審議が進行している。正式名称は「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法案」だ。
税外収入の繰り入れや、歳出改革で資金を確保するのだという。ただし、この資金で捻出できる財源は必要総額の4分の3で、残り4分の1には増税で対応することになるらしい。当初から増税を想定していることに、野党が強く反発している。当然だ。
それはそれとして、ここでは、この法案が出てきた論拠に注目した。それは、2022年12月に閣議決定された「安保3文書」のうち、「最上位の政策文書」と位置づけられている「国家安全保障戦略」(以下、安保戦略)の中にある。次のくだりだ。「(前略)防衛力の抜本的強化は、一時的な支出増では対応できず、(中略)その財源についてしっかりした措置を講じ、これを安定的に確保していく。(中略) 必要とされる防衛力の内容を積み上げた上で、(中略)国際比較のための指標も考慮し、我が国自身の判断として、2027年度において、防衛力の抜本的強化とそれを補完する取組をあわせ、そのための予算水準が現在の国内総生産(GDP)の2%に達するよう、所要の措置を講ずる」(第6章2-(2)-ア)
審議中の法案の正式名称の冒頭に「防衛力の抜本的な強化」が出てくる根拠がここにある。この「防衛力の抜本的強化」という文言は、安保戦略の中に計9回登場する。そのうち6回が、上記の引用箇所を含む第6章の中にある。つまり、この法案は、安保戦略のこの部分に直接的にリンクしているのである。
この引用箇所には、実に息をのむ。27年度を目途とした防衛力の抜本的強化を明記している。GDP比2%という数値も示している。それが「国際比較のための指標も考慮」した「我が国自身の判断」なのだという。独自判断なら、なぜ、国際比較のための指標に配慮するのか。一体、誰の許しを得て、この数値を達成するために「所要の措置を講ずる」と断言するのか。中盤に出てくる「財源についてしっかりした措置を講じ」も、憤怒を呼ぶ。勝手に決めるな。国会審議では、この文書の書きぶりについても追及してほしい。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2023年5月1日号-8日合併号