京都や奈良の寺で、ひとり仏像をじっと見つめる若い女性をよく見かける。仏像ブームが続いているのだ。いとうせいこうとみうらじゅんによる仏像見学紀行『見仏記』が話題になったのが90年代なかばだから、かれこれ20年以上になる。もはや一過性のブームではない。

 瀬戸内寂聴『わたしの好きな仏さまめぐり』を眺めるうちに、ぼくも見仏旅行がしたくなってきた。著者にとって思い出深い寺と仏像を紹介したエッセイであり、ガイドブックの要素もある。

 登場する仏像は、京都・六波羅蜜寺の空也上人像など誰もが知る「仏さま」から、琵琶湖の北の黒田観音寺の千手観音のように知る人ぞ知る「仏さま」までさまざま。

 この本には仏教についての難しい話もなければ、美術史的な解説もない。書かれているのは、著者がどのような気持ちでこれらの「仏さま」に接してきたかである。

 たとえば東北・天台寺の桂泉観音。全身に「なた彫り」という細かな模様をほどこされた観音像である。かつて著者は師僧・今東光の遺志を継ぎ、この天台寺の住職となった。しかし、はじめて訪れた寺は荒れ果てていて、茫然と立ちつくすしかなかった。

 逃げ出したいと思った瞬間、全身が霊気のようなものに包まれたという。その霊気は寺の周囲の山が発するもので、観音像を拝んだとき、山と自分が結びつけられているのを強く悟った。一種の神秘体験なのだが、こうした経験をさらりと素直に書くのが著者の魅力だ。

 カバーの写真を眺めていると、著者の姿がだんだん仏像に見えてくる。

週刊朝日 2017年3月24日号