皆さんは吉本興業の会長・大﨑 洋氏に対して、どのようなイメージを持っているでしょうか。ダウンタウンを発掘し、世に売り出した元・敏腕マネージャー? それともくだんの闇営業問題で芸人を追放したあくどい人物? 実は大﨑氏自身によると、自分は学生時代も、そして吉本興業の社員になってからもずっと、負けに負け続けて流され続けてきた「窓際」だったといいます。さらには深い部分では致命的に人づきあいが下手で、ずっと自分の居場所を持つことを難しく感じてきたそう。そんな大﨑氏が「ひとりぼっちの自分とうまくつきあいながら、なんとなく心の棲家(すみか)を見つける」方法を記したのが、今回紹介する『居場所。』です。
同書には自身の居場所を作るための"大﨑流12か条"が書かれています。面白いのは、「○○すること」ではなく「○○しないこと」となっている点。たとえばひとつめは「置かれた場所で咲こうとしない」。この章では、NSCを卒業したてでまだ無名だったダウンタウンのエピソードが紹介されます。
ふたりの漫才を見てその斬新さに衝撃を受け、担当でもないのに勝手にマネージャーを引き受けた大﨑氏。けれど、当時の吉本という土俵のルールは「色鮮やかな揃いのスーツを着て、明るく大声で挨拶し、古典的なボケツッコミを披露する」(同書より)こと。だらっと登場し、ボソボソしゃべりだすダウンタウンの笑いは、とうてい花月の舞台のお客さんには受け入れられないものでした。そこで大﨑氏がおこなったのが「場所を変える」こと。心斎橋筋2丁目劇場をオープンさせ、「劇場のある戎橋界隈に若い女の子たちが集まる"現象"くらいはつくろう」という思いのもとスタートさせたのが、ダウンタウンのブレイクの原点ともいえる伝説的バラエティ番組『4時ですよ~だ』でした。
学校のクラスや部活にしろ会社の部署にしろ、「今いる場所は、すべて偶然たどり着いたところ」(同書より)だと大﨑氏は言います。そこにはそれぞれにルールがあって、自分が勝てるルールもあれば、いくら努力しても勝てないルールもある。それなのに「その場で絶対に花を咲かせろ」だなんて無理な話だというわけです。だからこそ、大﨑氏が薦めるのは「置かれた場所で咲きなさい」ではなく「どこだろうと、土俵には上がらないこと」「どこにもしがみつかないこと」の2点。「タンポポの綿毛みたいにふわふわ漂って、自由にいろんなところに行ってみる」「そういう宙ぶらりんな自由さって、あるんじゃないでしょうか」としがみつかないことの良さを説きます。こう聞いて、「今いる場所がすべてじゃない」と少し心が軽く人もいるかもしれません。
ほかにも「孤独を見つめすぎない」「友だちをつくろうとしない」「居場所を場所に求めない」など、激動の人生を歩んできた大﨑氏の信条は、独特でありながらも何とも言えない説得力があります。そして、ダウンタウンや明石家さんまとの交流や母親への思いにまつわる文章には、ホロリと来るところも......。余談ですが、若き日の松ちゃんと浜ちゃんの領収書の提出の仕方の違いなどは、ファンならずとも興味深いエピソードかと思います。
人生にさびしさや生きづらさを感じていたり、それとどう付き合っていいかわからない人におすすめの一冊。読んだ後いきなり人生観が変わることはありませんが、「ま、しゃーないか」「ボチボチ行こか」と自分自身と折り合いをつけて、明日からまた顔を少し上げて進めるのではないでしょうか。
[文・鷺ノ宮やよい]