THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE 《ALL ALONG THE WATCHTOWER》
<br /> Album 『ELECTRIC LADYLAND』 (1968)
THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE 《ALL ALONG THE WATCHTOWER》
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Album 『ELECTRIC LADYLAND』 (1968)

 ニール・ヤング、エリック・クラプトン、西海岸ロック、ボブ・ディランとつづいてきたMUSIC STREETでの連載、第5弾のメイン・テーマは「ギター・ソロ」。広い意味でのロックを対象に、作品としての完成度はもちろんのこととして、とりわけギター・ソロの素晴らしさによってマスターピースと呼ばれるようになった曲と、その収録アルバム、時代背景、影響力の大きさなどを紹介していきたい。

 ちなみに筆者は1953年生まれ。小学校高学年でビートルズやローリング・ストーンズを知り、訳もわからないまま、ロックの世界に引き込まれた世代だ。そして、なんのヴィジョンもなく、たしか中三のとき、ヤマハのアコースティック・ギターを手に入れ(当時はフォーク・ギターと呼ばれていた!)、無謀にも《サウンド・オブ・サイレンス》に挑戦したりした。もっともそれは、コードをかき鳴らす程度のこと。エレクトリック・ギターのソロは高い壁のように感じられ、もちろんお金もなかったし、なかなか近づけなかった。だが興味や憧れは激しくあったわけで、たとえば《レイラ》などを耳にすると、三角定規や竹刀(ナイロン弦のようなものが1本張られている)を抱えていわゆるエア・ギターのようなことをしていたものだ。

 状況が変わったのは、40歳のとき。アポロ・シアターでエリック・クラプトンを観たあと、ニューヨークの老舗ギター・ショップでフェンダー社カスタムショップのストラトキャスターを衝動買いしてしまい、その美しさからも勇気を与えられ、コピーするのではなく、あくまでも自分らしいスタイルでソロを弾くようになった。そして月日は流れ、近年は臆することもなく、時おり人前でも弾いたりしている次第。五十代半ばで、ニール・ヤングの愛器と同じタイプのマーティンも手に入れてしまった。

 そのようにギターと向かいあってきた還暦過ぎのロック・ファンが、これまでに発表されてきたさまざまなベスト選集などを参照しつつ、個人的な趣味も若干プラスして選び出した36作品を紹介していく予定だが、挨拶代わりの第1弾は、ジミ・ヘンドリックスの《オール・アロング・ザ・ウォッチタワー》。

 ディラン連載でも取り上げたこの曲のオリジナル・ヴァージョンは、1967年の年末にリリースされた『ジョン・ウェズリー・ハーディング』に収められている。無名時代から《ライク・ア・ローリング・ストーン》を取り上げていたヘンドリックスは、翌68年1月にその曲を聴くとすぐ、ロンドンのオリンピック・スタジオに向かい、エクスペリエンスのドラマーだったミッチ・ミッチェル、デイヴ・メイスン(トラフィック)、ブライアン・ジョーンズらとともに試行錯誤を繰り返しながら朝までにレコーディングを終えたという。よほど強く惹かれるものがあったのだろう。あのインパクトの強いイントロと、鋭角的なソロ、全体的な曲のイメージはこの段階でほぼ完成している。

 しかし、当時のマネージャ/プロデューサーだったチャス・チャンドラーが手がけたミックスに満足できず、同年夏、ジミは、ニューヨークのレコード・プラントでもともとは4トラック・レコーダーで録音された音を最新の12トラック・レコーダーに移し、度重なるオーヴァーダビングやトラックの差し替えなどをへて最終ヴァージョンを完成させたのだった。ものすごいこだわりだが、その背景にはもちろん「ディランが聴くはず」という意識もあったのだろう。

 その《オール・アロング・ザ・ウォッチタワー》や《ヴードゥー・チャイルド》、《レイニー・デイ、ドリーム・アゥエイ》などを収めた2枚組『エレクトリック・レディランド』は68年秋にリリースされている。このあとヘンドリックスは、ウッドストックやマイアミ・ポップ、ワイト島など数多くのフェスティヴァルで伝説的なライヴを残し、70年夏には、理想的な制作拠点エレクトリック・レディ・スタジオをニューヨークにオープンさせるのだが、その直後、突然この世を去った。結局、『エレクトリック・レディランド』は彼にとって最後のスタジオ録音作品となってしまったのである。

 1968年は、ビートルズの『ザ・ビートルズ』、ストーンズの『ベガーズ・バンクェット』、ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』など、多くの名盤が世に送り出された年。若いミュージシャンたちがこの時期、時代の変化や録音技術の進化などをしっかりと受け止めながら成し遂げたことの大きさには、今でも聴くたびに驚かされる。

 最後にもう一つ。アコースティック楽器だけでシンプルに録音された《オール・アロング・ザ・ウォッチタワー》をヘンドリックスが大胆につくり変えてしまった、といったような文章を目にされてきた方も多いはず。だが、本質的な部分で両者にそれほどの違いはない。それだけ、ジミがきちんとディランの作品を理解し、吸収していたということだろう。もちろん、ディランもそう思っていたに違いない。[次回3/8(水)更新予定]