急速なテクノロジーの変化と文学の迷走
――「あなたが政治について語る時」に収録されているテキストが書かれた時期は、AIを主題にした小説「本心」の執筆時期とも重なっています。社会的、政治的な変化、テクノロジーの進化は作品にも影響しているのでは?
テクノロジーの進歩をフォローしていないと、世の中の出来事について考えられない、発信できないのは確かだと思いますし、作家としても、ダイナミックな社会の変化を捉えないといけないという思いはありますね。それを踏まえて言いますと、現代文学はちょっと迷走していると思います。模索と言うべきかもしれませんが。第三次AIブームによって、ChatGPTとの会話に依存する人が出始めたり、いろいろな仕事が失われる可能性が指摘されるなど、とても大きな社会の変化が到来していますが、その変化があまりにも早くて、数カ月から数年がかりで1冊を仕上げる小説執筆のテンポとはどうしても相性が悪い。
――書いているうちに世の中がどんどん変わってしまう。
リアルタイムの技術的な進歩を小説のなかで取り扱うのは難しいです。なので世界的にも、歴史モノや古典のパロディ、寓話的な手法の作品が増えているのではないか。ただ、僕自身は一読者として、そういう小説に今はあまり惹かれないんです。たとえ完成度が落ちるとしても、あるいは書いているうちに古くなる部分があっても、テクノロジーの進歩や社会の変化を見据えながら、人間の世界がどう変わっていくかを書きたいと思っています。小説は総合芸術なので、論理的な思考から些末な出来事、社会全体のことまでを統合しながら書けるところが利点です。
――小説という表現形態は、まだまだ可能性がある。
そう思っています。やはり物語がないと、現実に起きていることを理解したり、うまく納得するのが難しいでしょう。小説にはいろいろな価値観の人物が登場するし、人間のうさん臭さも含まれるので、そういうものに対する警戒心も養われるんじゃないかなと思いますね。
(取材・文/森 朋之)
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