
現代的な「七つの地獄」
このように書くと、ロシアによるウクライナ侵攻などの戦争が創作の源であったように思われるかもしれないが、企画が持ち上がったのはまだコロナ禍やウクライナ侵攻などが起きる以前のこと。その後のコロナ禍でベルリンの自宅に引きこもっていた多和田は、ダンテの『神曲』をじっくり読み込み、日々流れてくるニュースの多くはそのまま「現代の地獄」ではないかと思うようになった。その意識が台本に反映されている。また、企画の骨格について意見交換を重ねていた細川は、
「人間の存在が引き起こすさまざまな欲望の渦の中で心が折れ、自らの置き場所を失ってしまった人々に光を当てるような作品を書きたい」
と話したという。多和田や細川という芸術家の感受性がいち早くとらえていた問題が、今、総合芸術であるオペラとなることに感慨を持つ。
7月に始まった総稽古に集合したのは演出・美術のクリスティアン・レート、衣装のマッティ・ウルリッチ、映像のクレメンス・ヴァルターら欧州勢に、ナターシャ役のイルゼ・エーレンス(ソプラノ)、アラト役の山下裕賀(メゾ・ソプラノ)、メフィストの孫役のクリスティアン・ミードル(バリトン)らの歌手、新国立劇場合唱団やスタッフと、総合芸術といわれるオペラらしい多彩な人々。そこで演出・美術のレートが舞台のコンセプトを紹介していくと、次々に現れる「七つの地獄」に小さなどよめきが起きた。
(ライター・千葉望)

※AERA 2025年8月11日-8月18日合併号より抜粋
こちらの記事もおすすめ 【もっと読む】新作オペラ《ナターシャ》は「美しい日本語」も味わえる 指揮者・大野和士「耳で聴いてすぐに心で感受できる」