故・日比野勝廣さん(家族提供)
故・日比野勝廣さん(家族提供)
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 戦後80年を経て、ようやく注目され始めた問題がある。「戦争トラウマ」だ。戦地に赴いた日本兵をはじめ、被害を受けた住民も心に大きな傷を負った。戦後、この傷は不眠や悪夢、アルコール依存、子どもの虐待といったかたちとなって現れた。そして、トラウマは現代にも連鎖しているという。戦争が日本に深く刻みつけたトラウマの実相に迫る。(この記事は朝日新書『ルポ 戦争トラウマ』より抜粋、一部編集したものです。敬称略、年齢は2025年4月1日現在)

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夜中に寝室から叫ぶ声

 戦場で受けたトラウマを元日本兵たちは、様々な形で家庭に持ち帰った。暴力や飲酒といった事例も多くあるが、別の形でその影響が現れることがある。中国戦線に送られた後に転戦した沖縄で敗戦を迎えた元日本兵の日比野勝廣はそんなケースだと言える。

 1923年生まれの日比野は、復員後、故郷の愛知県に戻った。だが、無気力な状態が続いた。山の稜線を見ると敵が攻めてくるのではないかとおののき、雷が鳴ると艦砲射撃ではないかと身を伏せた。

 そんな状態でも、日比野は戦友の遺族に手紙を出し、あるいは直接会って、戦友の最期の様子を伝えた。しかし、生きて帰った日比野に対し、「あなたはどちらに逃げて助かったのか」「要領がよかったのですね」などと言う遺族もいた。日比野は日記に「この言葉こそ私の最も恐れ、かつ胸中深く、突き刺す万本の針に似た痛い言葉でもある」と書き残している。「無事に帰った喜びよりも、生き延びたこの命の強さに苦しみを覚える」。自分だけが生き残った罪悪感を、日比野は生涯持ち続けた。

 「サバイバーズ・ギルト」(生存者罪悪感)と言われるこの感情は、元日本兵がPTSDを抱える要因の1つとなることが少なくない。

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