かわな・きみ/1947年生まれ。70年に朝日新聞社入社。大阪本社学芸部、社会部を経て論説委員。2009年に退社。著書に『女も戦争を担った~昭和の証言』など(photo 本人提供)
かわな・きみ/1947年生まれ。70年に朝日新聞社入社。大阪本社学芸部、社会部を経て論説委員。2009年に退社。著書に『女も戦争を担った~昭和の証言』など(photo 本人提供)
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 2025年、戦後80年という節目を迎えた。いまを生きる私たちは、戦争についてどう向き合えばいいのか。ジャーナリスト・川名紀美さん(78)は、「銃後」を守る役割を担った女性たちに、学ぶことが大切だという。AERA 2025年8月11日-8月18日合併号より。

【写真】壕から出てくる住民を見つけた米兵。沖縄戦では民間人を巻き込む地上戦があった

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 女性は戦争とどう関わってきたのか──。

 朝日新聞の記者だった私は、その問いを胸に、1980年から82年にかけ戦争体験をした女性たちを各地に訪ね歩きました。

 当時の日本は、男性は外で働き女性は家事・育児を担う性別役割分業が進み、家族の価値観も子どもの学歴を重視する単一的なものになりがちでした。そうした一つの価値観に流される社会が、戦時下の国民動員と重なって見えたため、特に女性たちがどのように生きていたのかを知りたいと思ったのです。

かっぽう着姿で「銃後」を守る役割

 最初に注目したのは、国防婦人会でした。かっぽう着姿で「銃後」を守る役割を担った、女性たちの組織です。32(昭和7)年に大阪で生まれ、わずか10年で会員は1千万人に達しました。成人女性の2人に1人が入っていたことになります。いったい何が女性たちの心をつかみ、どのような活動をしていたのかを知るため、幹部だった方々に話を聞いて回りました。

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