大磯の別荘で新聞を開いた14歳の梨本宮方子(まさこ)は、自分が朝鮮の李王家の世継ぎ、李垠(りぎん)と婚約したことを知り愕然とする。日鮮融和を名目にした政略結婚だった。『李の花は散っても』(朝日新聞出版 1980円・税込み)は、皇族出身の方子の生涯を通して、韓国が日本の支配下にあった時代から戦後までを描く歴史小説だ。
「この時代のことは学校では日韓併合という言葉くらいで、私自身そんなに詳しく学ばなかった。方子のような人がいたことをわかってもらいたくて書きました」
と、深沢潮さんは語る。
方子に興味を持ったのは韓国旅行で王宮を訪れたときだった。ちょうど編集者から評伝の執筆を提案され、人選を考えていたところだった。調べるうちに方子の福祉活動を手伝っていた韓国の女性に出会い、話を聞くことができた。
縁はそれだけではなかった。深沢さんは日本国籍だが、父方は李王家の傍系の子孫だという。
「親近感が湧きましたし、海を越えて日本に来た李垠とその妹がやはり韓国から日本に来た自分の父親に重なった。もう方子を書くしかないと思いました」
特に参考になったのが日記と自伝だ。日記には実家を訪ねてきた李垠に初めて近づいたら体にビリビリと電流が走ったという記述があり、10代の女の子が運命を受け入れて婚約者に思いを寄せていったことがわかる。
方子は1920年、18歳で李垠と結婚する。朝鮮半島では独立運動が起きていた。夫婦は互いが背負う国の事情に翻弄され、幼い息子を亡くす不幸にも見舞われる。