足が不自由な息子の日本の幼稚園の受け入れ先が見つからず、ハワイのプリスクールへ通った当時の写真(写真/江利川ちひろさん提供)
足が不自由な息子の日本の幼稚園の受け入れ先が見つからず、ハワイのプリスクールへ通った当時の写真(写真/江利川ちひろさん提供)

ハワイのプリスクールで見た光景

 足が不自由な息子が日本の幼稚園の受け入れ先が見つからず、一時期、ハワイのプリスクールへ通ったことがありました。当時の息子はまだ3歳で、日本語もままならない状態で英語しか通じない世界にひとりで入りました。息子にとっては、足が不自由というだけではなく言葉の壁もありました。それでも、日系の少し日本が分かる子が単語を訳してくれたり、高い場所にあるものを誰かが取ってくれたりするなど自然なサポートを受けながら、朝から夕方まで息子は私の付き添いなしでプリスクールで過ごしました。私はその姿を見て、本来のインクルーシブ教育の意味は、表面上だけの合理的配慮ではなく、自然なやりとりや気持ちから生まれるものだと実感しました。そしてそのためには、誰もが偏見のない環境の中にいることが重要なのです。

 一方で、インクルーシブ教育は、ただ同じ教室にいれば良いわけではないとも考えています。適切な支援や配慮のない環境では、障害のある子の学ぶ機会が奪われてしまいますし、障害のないお子さんたち側も特定の児童生徒の負担が増えたりする懸念もあります。

国連も日本政府に勧告

 2022年9月、国連の「障害者権利委員会」が、日本の特別支援教育が分離教育であることとや、文部科学省が同年4月に特別支援学級に在籍する児童生徒は原則として週の授業時数の半分以上は特別支援学級で過ごすことと通知を出したことを問題視し、日本政府に勧告を行いました。一方で、特別支援学校などで行われている日本の特別支援教育は自立への手厚いサポートを受けることができ、とても素晴らしいカリキュラムであることも確かです。特別支援教育の意義を残しつつ、本物のインクルーシブ教育を実現するにはどうすれば良いのか…日本の今後の展開に期待しています。

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