
充実の市川團十郎
そして「道成寺」が出た時のお楽しみとして、「手ぬぐいキャッチ」がある。劇中、主人公の白拍子花子と所化(修行僧)が客席に向かって手拭いを投げる。私はこの時ばかりは必ず前方の席を押さえ、キャッチするのに必死だ。あの空間の興奮を、どうぞみなさん味わってください。
また、10月には市川團十郎(47)が博多座と南座で「三升先代萩」を出す。「伊達騒動」を題材にした通し狂言で、團十郎が早替わりで複数の役をこなすと予想する。
團十郎は昨年「義経千本桜」をベースとした「星合世十三團」で十三役早替わり、今年の正月には「双仮名手本三升」で四役を早替わりし、しかも「忠臣蔵」の世界をスピーディに見せるなど、古典を現代の観客の生理に近づける努力をしてきた。今年に入ってから團十郎の充実ぶりが目立っており、遠征する価値があると踏んでいる。
さて、今後期待したいのは映画「国宝」の劇中で演じられた作品を実際の歌舞伎の舞台で観ることだ。映画の冒頭にあった、中学生の喜久雄が墨染を演じる「関の扉」(これは最近、滅多に出ない)、“国宝”が演じる「鷺娘」、そして圧巻だった「曾根崎心中」。こうした演目が近いタイミングで上演されるのではないか? もしそうなったら、「国宝」の余韻を、ぜひ劇場で昇華して欲しい。歌舞伎の沼は深い。
(ジャーナリスト・生島淳)

※AERA 2025年7月21日号より抜粋
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