
物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2025年7月14日号より。
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撮影スタジオのテーブルには、小説家・平野啓一郎さんの本が山積みになっていた。『本心』『マチネの終わりに』『ドーン』『富士山』『私とは何か』──ざっと50冊ほどあっただろう。
そこに積まれていた本は、撮影用の小道具ではない。僕が連載をしている女性誌で平野さんと対談をすることになり、僕を含め、編集者やライターなど取材スタッフが、まるで示し合わせたかのように、それぞれ自宅から平野さんの本を持ち寄ったのだ。
だが、なぜ女性誌の編集部がそれほどまで平野さんを推すのだろうか。
おそらく、その雑誌の読者である女性たちが日々、「子育てと仕事の両立」という複雑な現実に向き合っているからだ。
ジェンダー平等が叫ばれる時代ではあるが、あえて言えば、日本の多くの男性は比較的「単線的」に生きている。「仕事こそが人生の使命」という一つの信念に従い、「一貫した自分」として生きることが可能なのだ。
過去のコラムでも何度か紹介したが、日本人男性の育児などへの参加時間は先進国の中でも突出している。OECD(経済協力開発機構)が2020年にまとめた生活時間の国際比較によると、日本の男性は家事育児などの無償労働に1日あたり41分しか使わず、OECD平均の男性136分と比べて極端に短い。
一方、女性は違う。仕事を進めたい自分、早く子どもを迎えに行きたい自分、母として、妻として、働く女性として──それぞれ別の自分を抱えている。「一貫した自分」ではいられない。自分の中には異なる価値観や欲望を持つ“複数の自分”が共存している。むしろ「私」は一人ではないのだ。