※写真はイメージです(写真/Getty Images)
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 多種多様な警察小説を描いてきた吉川英梨さんが、最新作『新人女警』で舞台に選んだのは、八王子。東京とは思えない程ディープなこの地は、時に「独立王国」と呼ばれることもあるとか……。
 本作の主人公である女性警察官は、この『八王子独立王国』でどんな活躍をするのか?  吉川さんが張り巡らせた謎と共に、ぜひお楽しみください。

*  *  *

八王子独立王国

 朝日新聞出版さんから警察小説のご依頼をいただき、JR八王子駅北口近くの某喫茶店にて打ち合わせをすることになりました。

「警察小説ですね。どの部署にしましょうか。王道の捜査一課、ヤクザとの攻防を描くマル暴刑事モノ、国家規模の危機を描く公安モノ、地域色が濃くでる所轄署モノ、学生の青春を描く警察学校モノ……」

 実は私、もう全部、書いてしまっています。警部補原麻希シリーズや埼玉県警奈良健市シリーズで王道刑事モノを、『桜の血族』でマル暴モノを、十三階シリーズで公安モノを、新東京水上警察シリーズで所轄署モノを、53、01と続く教場モノも。

「吉川さん、交番モノ書いてないでしょう。交番で活躍する新人女性警察官の話とか、どうですか」

「いいですね。一番のネックは場所ですよ。どこの交番にするかで作風が大きく変わりますから」

 華があって事件が続発する歌舞伎町交番とか? いやいやもう書き尽くされている感じ。下町の方の交番とか? それも既視感がある。世田谷とか田園調布とかのハイソな町は? ヒマそう。いっそのこと奥多摩までいっちゃう? すると駐在モノになっちゃいますよ。

「ドラマ化された人気漫画『ハコヅメ』みたいに架空の町にするのもアリですよ」

「うーん……」

 私はヒントを求めて店内を見渡してみた。実はすぐ隣に不思議な高齢者カップルがいたのだ。再婚を前提としたおつきあいを始めるという話し合いをしていたのだが、女の方はやたら財産分与の話ばかりをしている。もしや後妻業? 反対側の隣では商談をしているふうのビジネスマン。勤務を終えたあとなのか、金髪にK-POPスターみたいなメイクをしたホスト風の男性と、彼の客と思しき水商売風の女性。年金の話をしているおばあちゃんグループもいる。保育園の話をしている子連れのママ友軍団もいる。

 そういえば、駅構内に登山客風の団体が待ち合わせをしていたな。これから高尾山にでも登るのだろう。バス停では大学生の大行列ができていたし。浮き輪を抱えた家族連れがバスロータリーをうろちょろしていた。あれは東京サマーランドに行くところかしら。喫茶店の近くには刺青がちらりと襟元から見える怖そうなお兄さんたちが……。

 ていうかいろんな人種がいすぎるだろう、八王子。と心の中でツッコミを入れたとき、これだと確信した。

「八王子にしましょうか。八王子駅前交番」

 こうして『新人女警』のひな型が完成しました。

新人女警 (朝日文庫)
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