世の中を見渡せば、新型コロナウイルスに物価高騰、少子高齢化......と気がかりなことがいろいろ。自分自身を振り返ってみても、仕事に健康、お金の問題など心配の種は尽きません。毎日、先のことを考えて漠然とした不安で苦しくなる人もいるのではないでしょうか。この心配や不安はどこから生まれて、どうすれば取り去ることができるのでしょう。
その手助けとなってくれるのが、今回紹介する書籍『心配しないこと』。同書は、日々の落ち着かない心を手放し心身ともに軽やかに生きる術を、ブッダの教えをもとに記した一冊です。
著者のアルボムッレ・スマナサーラさんは、1945年にスリランカで生まれ、13歳で出家得度。スリランカの国立ケラニヤ大学で仏教哲学を教えた後、1980年に国費留学生として来日。現在は日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事しながら、全国で講演やセミナーなどもおこない、ブッダの根本の教えを説き続けています。日本に長く住んでいるからか、同書も日本の文化や情勢、日本人の習性などを理解したうえで書かれており、仏教に詳しくない人でも理解しやすい部分も多いはず。
さて、心配や不安をなくすために必要なものとして同書に何度も出てくるのが「慢」という言葉です。自慢、傲慢、慢心......といった言葉にも使われる漢字ですが、仏教心理学では、人間のみならずあらゆる生命の心に「慢」という煩悩があると教えているそうです。
「『私とはいったい何者なのか?』と知るために、自分と他人を比較して測ろうとする心の働きが慢です。つまり、慢とは自己評価の煩悩なのです」(同書より)
お金、食べ物、衣服、家屋、恋人、友人、仕事、若さ、美しさ......あらゆる物を測り、価値を入れ、その価値のラベルに合わせてどんな行動をするか決めている私たち。中でもいちばん高い価値をつけているのは「自分」に対してなのだそうです。しかし実はその「私」という存在自体、思い込みでしかないのだと著者は言います。なぜなら、私たちの体や心は絶えず変化し続け、そこに確固たる実態は見出せないからです。価値をつけようとする自分そのものが錯覚かもしれないと思えれば、慢という悪感情を繁殖させる心の隙も小さくなるだろうと記します。
こう聞くとなんだか抽象的ですが、要は慢の奴隷にならないための理性や客観的な物の見方を身につけることが大切です。同書には、慢を制御するための具体的な方法が紹介されています。他人や世の中は自分でコントロールすることはできませんが、自分の心であればコントロールすることは可能。心のしくみや働きを理解し、理性で感情を抑えられれば、管理のおよばない未来に対しての不安を減らすことができます。実践するのはなかなか難しいですが、普段の生活の中で意識するだけでもずいぶん違うのではないでしょうか。
第5章「心配事をブッダに相談してみよう」では、老後の生活やパンデミック、孤独死などにまつわる現代らしい心配ごとがQ&A方式で書かれていて、この考え方がさらに腑に落ちやすいことと思います。
新しい環境での生活が始まる人も多い今の時期。日々を心穏やかに過ごすためには自分の心の持ちようをどうすればよいか、ぜひ同書を参考に考えてみてはいかがでしょうか。
[文・鷺ノ宮やよい]