堺雅人と役所広司の「顔圧」

 そもそも主人公の乃木も腹の底では何を考えているのかわからない得体のしれないキャラクターとして描かれている。ほかの人物も敵と味方にはっきり分けられているわけではなく、一度作られた構図もどんどん崩されて、新たな真実が浮き彫りになっていく。

 そんな謎が謎を呼ぶストーリーを支えているのが、超豪華な俳優陣の重厚な演技である。特に後半では、堺雅人と役所広司という「顔圧」日本一の2人がぶつかり合い、虚々実々の駆け引きを繰り広げる。彼らの見せる表情は本当なのか、嘘なのか。その答えは最終回まで温存されている。

 ある意味でわかりやすい勧善懲悪の物語だった『半沢直樹』は、最高視聴率40%を突破するドラマ史に残る大ヒット作となった。一方、『VIVANT』は文句なしの話題作ではあるが、視聴率の上では『半沢直樹』には及ばない。それは、『VIVANT』があえて一般的なわかりやすさを捨てて、重厚な物語を見せることを選んでいるからだろう。

 今どきの視聴者は目が肥えている。Netflixなどの配信環境も整っていて、ワールドクラスの映像コンテンツを誰もが日常的に楽しんでいる。そんな環境で新たにドラマを作るからには、単に地上波テレビで毎週楽しく見てもらう、というところだけをゴールにするわけにはいかない。

 むしろ、何回見ても楽しめるような厚みのあるストーリーを提供することで、口コミやSNSなどで話題が拡散していくことが期待できるし、見逃し配信やサブスクでも見てもらえるようになる。さらに言えば、映像コンテンツを海外に売り出す際にもそこが強みになる。

 余談になるが、『VIVANT』を見ていて驚かされたのは、一般的には放送禁止用語とされている「とある単語」が、何のためらいもなくサラッと何度も使われていたことだ。

 業界内では知られた話だが、放送禁止用語とは単なる放送局の自主規制に基づくものであり、明確なルールがあるわけではない。つまり、覚悟さえあれば使っても構わないのだ。『VIVANT』の制作陣は当然、覚悟をしている。だからこそ、そこを押し通すこともできたのだろう。これ自体は本質とは関係のない些末なことだが、こういうところからも制作陣の作品にかける意気込みが伝わってくる。

『VIVANT』は、サブスク時代に適応したテレビドラマの理想的な形を体現した傑作である。きっと最終回の最後の1秒まで私たちを楽しませてくれるだろう。

(お笑い評論家・ラリー遠田)

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