
憲法13条が保障する
21年に再び都を相手に訴訟を起こし、今度は具体的な方法で調査を求めた。
手順としてはまず、都が墨田区の戸籍受付帳から必要な情報を取得し、取り違えられた可能性がある人、またはその親に連絡を取る。協力を得られればDNA鑑定を行い、取り違えの相手と確認された場合は智さん、またはその親と連絡をとることを希望するか否かを確認し、その結果を智さんに報告する、という流れだ。都は、取り違えの相手が事実を知ることを望まない場合に権利利益を侵害する恐れがあると主張していたが、この方法によれば配慮がなされる。
裁判所は、出自を知ることは憲法第13条が保障する法的利益として都に調査を命じた。関係者によると、都庁内では控訴を主張する声も少なくなかったという。だがその後、小池百合子知事が謝罪のうえ控訴しない意向を示し、判決は確定した。
目を見て、話したい
これまで何度も期待を裏切られてきた智さんは、また手のひら返しをされる不安を拭えないという。取り違えられた相手に調査協力を断られる可能性もある。
「素晴らしい判決は出たんですが、今の段階ではまだ僕は何も喜んでいません」
そう言いながらも、表情は以前よりやわらかい。筆者が会うのは3度目だが、雰囲気が明るくなった印象だ。
もし生みの親に会えたら、何をしたいか。
「目を見て、話したいです。父が生きていれば、どんな仕事をしていたのか。どこでめぐり合って結婚したのか。両親のこれまでのヒストリーを尋ねたい」
取り違えられた相手や、きょうだいに会えたら「子どもから見てどんな両親だったのか聞きたい」と話す。もし取り違えがなければ自分がどんな人生を送っていたか、智さんはどうしても考えずにいられない。
智さんを育てた母親・チヨ子さん(92)も、自身が産んだ子どもに会うことを望んできた。認知症が進み、現在は老人ホームで暮らしており、智さんが訪れると笑顔を見せるという。父の董さんは10年前に亡くなっている。
残された時間は長くない。母親のためにも一刻も早い調査を、智さんは願っている。
(ライター・大塚玲子)
※AERA 2025年5月26日号
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