71歳となった岩松了さん。舞台に縁のない人なら、俳優としての顔しか思い浮かばないかもしれない。でも、劇作家・演出家としての岩松さんは、日本の演劇界で、日本を舞台に人の心の機微を描き続けてきた。その唯一無二の世界観は、仲野太賀さんや趣里さんら、今をときめく実力派の若手に「芝居の原点は岩松さんの舞台にある」と言わしめるほどだ。
そんな岩松さんが、アメリカ文学者で翻訳家の柴田元幸さんとの対談で、「仕事はなんですか、と聞かれたら作家と言うようにしている。理由は、本を書くのがいちばんきついから。いちばん苦しいことが仕事だと思うので」と話していた。であれば、岩松さんは毎回どうやってその「苦しさ」を乗り越えているのだろうか。
「そのときそのときで、演劇をやろうとするモチベーションは変わってきていると思います。今は71歳で、もうそんなに先も長くないわけだけれど、4~5年前かな? 最近やっと芝居っていうものがわかってきたような気がしちゃって。だから、今は書くことがけっこう楽しいんです。その割には遅いんですけど(笑)」
以前は「自分が書く内容は、自分の中からしか生まれてこない」と思っていた。ところが、ある舞台の美術について打ち合わせをしていて、ふと「楽しいな」と感じた。
「そのとき、『自分が書くことは、実は、自分以外のところから来ている』と思ったんです。そうしたら、気持ちがスーッとラクになった。かつては、自分の中からしか出てこなかった印象を持っていたものが、自分の中に一回入って、それから出ていくんだと考えられたときに、『成功しなきゃ』じゃなくて、『別に失敗してもいいんだ』という考え方になっていった、というか。もっといえば、『失敗だって成功かもしれない』と思えたというか。すべてが、必要に応じて出てきたものなんだと思えた」
今も、書くのが苦しいことには変わりない。でも、「こういうふうにしかならない」と思うことで、先に進むときの不安は、「だから大丈夫」という確信めいたものに変わった。自分の中や外にある新たな何かを発見しているような感覚は、30代で戯曲を書き始めたときに感じていたことと近いものがあるという。