加えて、高度経済成長期には専業主婦が誕生して定着し、それまでの歴史にはなかった「料理はお母さんが作るもの」という性別役割分業意識が一体化し浸透を助長した。
90年代、メディアの主導で2度目のピークが訪れる。「おふくろの味」はモテ料理に位置づけられ、70年代の比較的新しい料理だった「肉じゃが」が伝統的な「おふくろの味」であるかのようにイメージづけられた。
「並行して、日本の家族は大きく変容します。共働き世帯の数が、97年以降、専業主婦世帯を上回ります。しかし、性別役割分業の意識は旧来の家族像のままで、実態とのギャップにきしみが出始めます。『おふくろの味』をめぐるすれ違いや女性のいらだちはそうしたきしみの一つです」
2000年代に入ると「おふくろの味」をタイトルにする料理本はなくなる。「ほっとする味」「おばあちゃんの味」の言葉に置き換えられた。
「すなわち『おふくろの味』は社会や時代が作り出した、たかだか40年間の『幻想』でしかなかったということです。この言葉にとらわれ、葛藤を抱えたり、自身を責めて悩んだりした人は少なくないと思いますが、『なぁんだ、そんなことだったのか』と心が解放されればと思います」
若い世代が「おふくろの味」の言葉に違和感を覚える一方、ポテサラ論争などの同根の炎上が繰り返されている。
「だれもが一度は耳にしたことのある、この言葉を真ん中に幅広く議論をすることで、あるべき社会について考え、次へ踏み出す一歩につながることが執筆の願いです」
(フリーランス記者・石田かおる)
※AERA 2023年4月24日号