
政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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石破茂首相は、関税をめぐる日米交渉で赤沢亮正経済再生担当大臣を派遣しました。赤沢氏は石破政権誕生の立役者の一人で、鳥取時代から一貫して石破首相を支えている人物です。トランプ大統領自ら登場するというハプニングがあったとしても米国側の狙いを探るジャブの応酬が避けられないとすれば、トランプ大統領と面識のある麻生太郎元副総理あたりを派遣した方がよかったのではないでしょうか。ただ石破氏と麻生氏はケミストリーが合わず、麻生氏から断られた可能性もあるかもしれません。ならば外務や経産の担当大臣を派遣すれば、むしろ実務的な雰囲気のやり取りになり、「格下も格下」発言もなかったでしょう。
第1次トランプ政権以来、安保と経済は切り離せないことは予測できました。既に「経済安全保障」という言葉が、経済と軍事あるいは防衛とが一体化していることを示しています。とすれば総合的かつ包括的な安全保障の枠組みを構築し、その中で個別分野の関税にどう対処していくべきか、分野ごとの優先順位に基づくアジェンダの設定が可能なはずです。
また、米国が押し付けるアジェンダの枠組み自体を問題にし、「NOと言える日本」を通じて米国との交渉を控えている他の国々の世論を引きつけることもできるに違いありません。そもそも関税をめぐる米国との交渉で最初の交渉国になったことを「優先交渉権」とみなすこと自体に問題がありそうです。プロ野球のドラフト会議での優先交渉権とは違い、ややドギツい表現を使えば、日本が実験台にのせられる第1号になるということで、トランプ政権が最大限の要求を突きつけてくることは明らかです。しかも7月の参院選を控え、支持率が低迷する石破政権の足元を見透かしていることは間違いなく、今後の日本の「くにのかたち」すら左右しかねない日米交渉に臨む以上、交渉の第1号になる必要があったのでしょうか。
石破政権には参院選への対応や政権の存続など度外視して不退転の決意でトランプ大統領と向き合ってほしいと思います。「忠誠と反逆」の相剋にあるように、米国に「忠」なるが故に「反」を掲げるほどの決意が必要です。
※AERA 2025年5月5日-5月12日合併号