政府は防衛力強化のため、今後5年間で43兆円を確保する方針を示した。安倍晋三元首相の遺志の引き継ぐ形だ。安倍元首相の死から半年、いまもなお、なぜ影響を及ぼし続けているのか。AERA 2023年1月16日号の記事を紹介する。
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政府は22年6月、防衛力を5年以内に抜本的に強化すると明記した経済財政運営の指針「骨太の方針」を閣議決定した。これは安倍元首相ら党内の意見を踏まえ、盛り込まれた経緯がある。22年12月に台湾を訪問した自民党の萩生田光一政調会長は安倍晋三元首相の言葉を引く形で、「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事だ」と唱えた。ネット世論の反応の軸が「反安倍」か「親安倍」かによって色分けされる傾向は安倍元首相の死後も続いている。法政大学の白鳥浩教授(政治学)は言う。
「安倍さんの遺志は尊いという前提で、それを継承するのが当然だというトーンで発言されると、自民党内の保守中道や保守リベラルの政治家も異を唱えられなくなります。そういう『沈黙のらせん』が事件以来、ずっと続いています。安倍さんの銃撃事件は結果的に民主主義への銃弾になったと思います」
「沈黙のらせん」現象とはドイツの政治学者ノエル・ノイマンが唱えた理論だ。
人間は社会で孤立するのを恐れるため、多数派だと認識した意見を積極的に発信する。一方で、自分の意見が少数派だと感じたときは社会的な孤立を恐れて沈黙する。その結果、多数派が増幅する世論が形成されやすくなる一方、少数派の意見は同調圧力によって沈黙を余儀なくされる、というのが「沈黙のらせん」だ。
「政府がいま相次いで打ち出している防衛政策やエネルギー政策の転換は非常に大きな意味を持ちます。にもかかわらず、少し立ち止まって考えようという声は出てきません。これはかなり特殊な状況だということを理解しておかないといけません」
■日本の中道は健在
白鳥教授は「いま求められているのは、言論のダイバーシティーだ」と強調する。