
それまでにもその上司は、女性の提案を躊躇(ちゅうちょ)し、同様の提案を先輩社員がした段階で受け入れる対応が何度かあった。そのたびに「信頼されてないのでは」という不安がよぎったが、それが確信に変わったのが、このときの上司の態度と言葉だった。
やりきれない思いを抱えてチームで働くことになった女性は1年後、現在の会社に転職した。女性はこう振り返る。
「あのとき、『なるほど、よく気づいてくれたね。まずは皆と共有しよう』。その一言があったら、会社を辞めなかったかも。私にとっては、それほど大きな出来事でした」
まさに「片想い」が生んだ、失望の中での退職というケース。では、どんな信頼関係を構築できるのが理想なのか。
部下への信頼が起点に
池田准教授らによる調査では、モデルとして「信頼のらせん関係」を提唱している。従来の単なる互いの信頼のやりとりではなく、(1)上司が部下を信頼することを起点とし、(2)その信頼を部下が感じ取り(被信頼感)、(3)部下は上司を信頼するようになり、(4)上司が部下からの信頼を感じ(被信頼感)、(5)より部下を信頼するようになって──と、信頼関係が循環的に相互作用で高まっていくメカニズムだ。
「このメカニズムがうまく機能するポイントは、起点としてまず、上司から部下への信頼があるかどうかという点です」
イメージとしてわかりやすいのが、一昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で不振にあえぐ村上宗隆選手を起用し続けた、栗山英樹監督の姿勢だと池田准教授は話す。
「先発メンバーから外すべきという声が多い中、栗山監督は村上選手を信頼して起用し続けた。誰かに信頼されるということ自体が、その人をエンパワーメントする(力を与える)効果がある。力を得た村上選手が期待に応え、それを見ていたチーム全体の栗山監督に対する信頼度もぐっと上がったはずです」
被信頼感からそれに応えたいという気持ちが生まれてくる部下。そのことによって上司も被信頼感でエンパワーメントされ、さらに部下のことを信頼して権限委譲していき、信頼関係が深まっていく。そんないい循環が職場に生まれるのだという。
「そんな『正のらせん関係』がある一方で、たとえば部下の仕事の進行状況を逐一確認するような上司だと、部下は『信頼されていないんだな』という気持ちが生まれ、すると部下の上司に対する信頼度も下がり、チームとしても崩壊の方向へ──という『負のらせん関係』もある。いずれにしても、起点として上司が部下を信頼できるかどうかが、大きな肝になります」