絶望的に分かり会えなくても、相手も人間だ

和田 今会場に、松尾 潔さんがいらっしゃっています。松尾さん、ちょっとこちらへ来て、加わっていただいてよろしいですか?
松尾 みなさんこんばんは。松尾潔と申します。和田さんの本(文庫版『時給はいつも最低賃金~』)の解説を書かせていただきました。
僕がこのタイミングで呼ばれたのは、小川さん、大島さん合わせて2に対して和田さんが1、つまり2対1のバランスを2対2に変えたかったんでしょうけど……和田さんの期待を裏切って申し訳ないけど、じつは僕もこっち(小川・大島側)なんですよ。
和田 なんてこと!(笑)
松尾 とはいえ、簡単じゃないとは思います。誰かの頑なな考えを変えようと力を尽くすより、話を聞いてくれそうな人たちを投票に向かわせることのほうが、世の中を変える方法としてはまだ現実味があると思うし。
たとえば選択的夫婦別姓の問題でも「今は経済問題のほうが大変だから、それはちょっと脇へ置いといて」って言われても、その人に他人の話を聞く余地があれば「いやいや、これ、経済に直結してますよ」と説得できるかもしれない。法律のここを変えれば、目の前の景色がこんな風に変わりますよ、とわかりやすく示すこと。それが政治家の仕事のひとつだと思うんですよ。
小川 そうね。でも、僕がこの問題で一番言いたいのは、「姓名とはアイデンティティだ」っていうことなんですよ。姓名を変えたくないのは、それがアイデンティティだから。経済的にどうか、収入面でどうか、労働力としてどうか、っていう面ももちろんあるけども、それ以前にアイデンティティは人権の根幹ですから。

松尾 それは僕も同感です。だからこそ、さらに言えば、政治信条やイデオロギーよりもっと手前の倫理感やアイデンティティに訴えるような言葉があればいいと思うんです。でないと、絶望的に通じない人たちって、たくさんいるじゃないですか。
大島 いますね。
和田 ちょっと選択的夫婦別姓について言わせてもらいたいんですが、結婚するとほとんどの場合で女性が苗字を変えることはアイデンティティの問題あるのは当然、同時にこれは明治のイエ制度の残滓であり、家父長制の象徴です。女性のこれまで使っていた名前の半分をとられ、半人前に扱われることだと思っています。結婚して子どもを産むと、その後に女性にある仕事はたいてい非正規パートです、賃金も安くて、能力も生かされない。すると経済的に自立できない、依存しなくてはいけない。そういうあれこれ問題の大きな原因だと思ってることは、分かっておいてください。と、熱くなりました。
小川 おっしゃるとおりですね。松尾さんは(極端な言説の)人の考えを変えることは難しい、っておっしゃった。僕もそう思います。
でも、大事なのは考えを変えさせることではなくて、なぜその人はそう感じているのか、どういうところに不満をもっているのか、どうしたいと思っているのかを理解することなんです。それは、解決できることなのか、できないことなのか。なぜ、解決できるのか、できないのか。理解が進んではじめて、相手が人間として、人格として浮かび上がってくるんです。
何を考えてるかわからない、変えることもできない、こいつらは差別主義者だ、相手するに値しない。そんなふうにとらえた時点で、相手が人格をもった人間として見えなくなる可能性がある。
極端な言い方ですが、歴史上、虐殺や虐待は、必ず相手の人格を否定してからやるんです。「こいつらは人間じゃない」と。