5月1日の午後。上京してきた両親と風月堂の前で緊張して待っていると、師匠とのちに兄弟子になる朝之助兄さん(現・柳朝)が現れた。2階の奥のテーブルで2対3で座り、師匠に履歴書を渡すと一通りそれに目を通し「へー、日大か」。こないだ伝えた気がするのだが。「これも日大なんですよ」と兄弟子をさす。「私は法学部ですけどね」と未来の兄弟子。四方山話を15分くらいして「まあ、兄弟子もいますんでね。大丈夫でしょう。これもいろいろ教えますから、とりあえずお預かりします」。え? これで入門決定なのか? 旅行中に犬を預かるときだってもうちょっとなんか聞きそうなものだ。
「じゃお父さんお母さんはここで」と師匠が言い、両親はペコペコしながら御徒町のほうへ消えた。
トントン拍子
「落語協会の事務所がここらへんなんだ。これから行くよ」と、3人で黒門町の事務所に向かう。小さいビルの1階の分厚い鉄のトビラを開いて「おはようござい」と師匠が入っていく。兄弟子に続き、私もおっかなびっくり敷居をまたぐ。「あー、おはようございます」と耳にピアスをしたあやしげなオシャレなおじさんが迎えた(当時の事務局長のWさん)。「これ、入ったばかりの弟子です。履歴書持ってきたから、よろしくどうぞ」「2人目ですね」「そう」なんて軽口を交わして「頑張ってくださいね」とWさんに声をかけられる。頑張るもなにも、師匠と会って話すのもまだ2回目なのにこんなトントン拍子でよいのだろうか(ちなみにWさんと会ったのはこの日が最初で最後。すでに体調が悪かったようでこの年にお亡くなりになった)。
事務局に履歴書を提出し、理事会で受理された時点で落語協会の見習いとして登録される……らしい。ふつうは入門を許可しても数カ月は履歴書を出さないらしい。1年以上履歴書を出してくれない師匠もいるらしい、とあとから聞いた。うちの師匠は電話の時点で「履歴書持ってきて」と言っていたので、あのときはもう私をとるつもりだったのだろうか。