
日常からの解放されるのも鉄道旅の魅力だ。春のお薦め路線はどこか。鉄道関連の著作も多い政治学者・原武史さんに聞いた。AERA 2025年3月24日号より。
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鉄道旅の魅力を「どこにも所属しない時間」にあると語るのは、政治学者の原武史さんだ。鉄道にまつわる著作も多く「鉄学者」と呼ばれることも。
「私たちは、家族や会社、地域社会などのコミュニティーに属し、暮らしています。一人で鉄道に乗っている時間は既存の集団から自由になれる。日常性からの解放こそが鉄道の魅力で、私はその時間が好きなんです」
人々の暮らしが垣間見え、四季折々の車窓の景色が楽しめる路線を旅することが多い。
そんな原さんが春の鉄道旅にまず挙げる路線が、樽見鉄道だ。岐阜県の大垣から濃尾平野を進み、山のなかへ分け入って終点の樽見にいたるローカル線。山間に入ってからは、駅のホームや川沿いの土手、あちこちに桜が咲いている。そして、終点の樽見駅に、「真打ち」がある。日本三大桜のひとつに数えられる「根尾谷淡墨桜」だ。
「春に大垣から乗ると、車内の空気が何となく高揚しているんです。途中の線路沿いにも桜が多くて、どんどん期待が高まっていく。そして終点で最大の見せ場がやってきます。その“演出”が心憎い、いい路線です」
二つ目が、JR関西本線の亀山~加茂間。関西本線は名古屋と大阪のJR難波を結ぶ路線で、名古屋-大阪の鉄路の最短ルートでもある。ただ、名古屋~亀山と加茂~JR難波が電化される一方、亀山~加茂間は単線非電化のまま残されている。
「沿線の笠置山は、鎌倉幕府討幕を目指す後醍醐天皇が幕府軍と戦った地。大動脈だった関西本線が交通路としては凋落したことが、後醍醐のその後の運命とも重なって見えてきます」
それでも、沿線風景は素晴らしい。昔ながらのローカル線の風情が残り、笠置駅周辺は桜の名所として知られる。
JR東北本線の福島~仙台間も、春の鉄道旅でこそ乗りたい路線だという。福島を出ると、福島盆地の桃の花が車窓一杯に広がる。しばらく桃を堪能し、宮城に入って越河の峠を越えると線路は白石川に寄り添っていく。いよいよ東北屈指の景勝「一目千本桜」だ。川沿いに連なる長大な桜並木のすぐ横を線路が走る。桜の季節、この区間は電車も減速運転する。
「新幹線では見られない、在来線だからこそ出合える景色です」
(編集部・川口穣)
※AERA 2025年3月24日号

