長く続く慣例の「前提」とは

「零売と呼ばれる行為は、昔から続いてきたんです。かかりつけの街の薬局の薬剤師が、顔なじみの客に『その症状は昨年も同じ時期に起きたよね。仕事もあるのに病院にわざわざ行くのも大変だよね。その薬は処方箋なしでも大丈夫な薬だけど様子を見てみますか。何かあったら、すぐに教えてよ』というように、いわば阿吽の呼吸で成り立っていたことで、何も問題はなかったんです」

 そう話すのは、零売に詳しい金城学院大薬学部の大嶋耐之教授だ。

 ただ、長く続く慣例ではあったものの、そこには欠いてはいけない前提があったと、大嶋教授は強調する。

 それは、薬剤師が顧客の健康について、しっかり把握しているかということだ。

 過去に病院を受診して診断を受けたか。欲しがっている薬の処方歴があるか。その効果と副作用の有無の確認、などを理解して服薬指導し、フォローアップもしっかりしていたかという点である。

「昔の薬剤師は、街のお医者さん的な存在で、薬だけではなく病気や健康に関するさまざまな相談を聞いてアドバイスをしてくれた。利用者のセルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち、軽度な不調は自分で手当てすること)にも貢献していたんです。そうした関係が成り立っているなら、零売は『患者にとって良いこと』とも言えると思います」(大嶋教授)

「グレーゾーン」を広げる一部の薬局

 ただ、大嶋教授によると近年、その様子が違ってきた。「グレーゾーンを勝手に広げてしまう」一部の薬局が現れ始めたのだという。

 露骨な広告宣伝に走ったり、処方箋がいらない手軽さばかりを売り文句にしたり、本来あるべき薬剤師の役割から外れた行為が目立つようになった。

「ただの商売ではないか」などと医師会や薬剤師会が零売を問題視し、規制の動きを強める要因になったという。

 前出の厚労省の担当者も、「零売で買える薬の中には、効果がなくても定めた期間を超す服用はしないことや、重篤な病気を見逃す可能性があるため医師の診察を受けるようにと明記しているものもあります。どこに落とし穴があるかわからないため、薬剤師による丁寧なフォローアップは必須なのですが、一部の薬局について、そこが十分になされているかが疑問視されたのです」と話す。

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