歴史の転換期に天変地異あり

【養老】アトキンソンさんは『国運の分岐点』のなかで、「二百六十年余り続いた江戸幕府があっけなく倒れた大きな要因は、討幕運動やペリー来航に加え、自然災害が幕府の体力を奪ったこと」という説を紹介されています。私もまったく同感です。

【アトキンソン】南海トラフの復興にお金がかかるのは当然として、幕府はその前に江戸を立て直さなくてはいけなかった。諸藩の復興を援助するより、むしろ諸藩に「将軍さまのいる江戸を守るために、支援をしてくれ」と求めたのではないでしょうか。

 そりゃあ、南海トラフの被災地は不満ですよ。自分たちのことで手一杯なのに、なぜ? って。幕府への不信感を募らせて、それが討幕運動へと発展したことは容易に想像できます。一連の「複合災害」から11年後ですからね、江戸幕府が大政奉還をしたのは。

【養老】さらに歴史を遡れば、平安時代に貴族政治が終わりを告げ、平家による武家政治へと一大転換がはかられましたが、それも1185年に京都で発生した元暦の大地震(文治地震)がきっかけでしたよね。「余震が2カ月も続いた」と、鴨長明が『方丈記』に記しています。

 もっとも京都は、その4年前に旱魃(かんばつ)による養和の大飢饉が発生しています。その影響も大きいですね。食料を奪おうとする賊徒(ばくと)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するなど、都は荒れ放題でした。当然、都と貴族を警護してもらう必要が生じます。それも武士が台頭した背景の一つでしょう。

【アトキンソン】まさに歴史の転換期に天変地異あり、といったところでしょうか。世界に目を転じても、隆盛を極めた国が巨大地震や津波、洪水、火山の噴火などの自然災害によって衰退していった例はいくらでもあります。

復興資金が払えない場合の最悪シナリオ

【養老】そうした歴史に鑑みても、日本が南海トラフ、あるいはそれに前後して発生するかもしれない首都直下、富士山噴火、台風などの「複合災害」を経て、大転換期を迎える可能性は十分に考えられますね。アトキンソンさんが描く「最悪のシナリオ」は……?

【アトキンソン】日本が中国に買われることは十分にありうる、ということです。

【養老】復興に必要なお金は誰が払うんですか、ということですね。

【アトキンソン】南海トラフ地震と首都直下地震が同じタイミングで襲来すれば、東京も大阪も名古屋も、大都市が全部、同じタイミングでダメになってしまうので、国中がもうカオス状態になるのは間違いない。

 日本経済って、悪い、悪いと言っても、まだ世界四位の大国です。そのメッカと言いますか、富が集中する経済圏が打撃を受けるのですから、被害総額は甚大。土木学会の試算を見てもわかるように、復興にはとんでもない金額が必要になります。

 いまでさえ経済が成長せずに、これからも厳しくなることが予測されます。そんななか、“自前”で復興予算を組むなんて、なおさら難しくなっていきますよね。

――人口減少も高齢化も進む一方、国の借金だってどんどん膨らんでいく。ということは逆に言えば、巨大地震はむしろ早い時期に発生したほうがマシ、とも言えますか?

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