
南海トラフ地震は2030年代に起こる可能性が指摘されているが、もし首都直下地震と連続して起こった場合、歴史の転換点を迎える可能性は十分にあるという。東京大学名誉教授・養老孟司氏と小西美術工藝社社長として行政に対する改革提言を積極的に行うデービッド・アトキンソン氏が語り合った。
※本稿は、養老孟司『日本が心配』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
日本のGDPの4倍が消し飛ぶ被害額が想定されている
【養老】社会保障費などが膨れ上がり財政が圧迫される状況が続いています。経済が疲弊した中で南海トラフや首都直下地震が発生した後、日本が自力で復興するのは難しそうですね。私は、地震が起きる以上にそちらのほうを心配しています。
【アトキンソン】おっしゃる通り。地震の被害は、発生直後だけではなく、国やその地域に10年単位の長期的な経済的損失が発生することを考慮する必要があります。
【アトキンソン】この被害額の試算は驚くべき数字です。2023年の日本の名目GDPは597兆円ですから、もし南海トラフと首都直下地震が連続して発生した場合、日本全体で稼ぐお金の四倍が消し飛んでしまう計算になります。
でも、こんなものじゃあないみたいです。以前、土木学会・地震工学委員会委員長を務めた目黒公郎さん(東京大学大学院教授)に聞いたお話では、すべての長期的経済損失をカバーしているわけではないので、現実にはもっと大きな数字が出る可能性もあるそうです。日本という国家の存続に関わる、大変な危機ですよ。
【養老】損失がそこまで巨額になってしまうことについて、目黒先生の見解は?
【アトキンソン】一言で言うと、「集積」です。日本の首都圏のような災害リスクの高い地域に、富も機能も人口も何もかもが集積した巨大都市をつくったケースは、人類の歴史上、ほかに例がないそうです。「首都一極集中」ですよね。
過去には地震の上に噴火や台風の被害も
【養老】そのうえ、「複合災害」のリスクもあります。
【アトキンソン】そう、目黒教授も本州から四国の南に位置する南海トラフ沿いには、東海・東南海・南海の三つのエリアがあって、ここで100~150年周期で巨大地震が起こっていると指摘しています。
しかも一発の巨大地震のこともあれば、連続して発生したり、富士山噴火のような火山被害をともなったり、あるいは台風が襲来したり。過去にもそういう複合被害を引き起こした歴史的事実がありますよね?
【養老】そうですね。たとえば1707年10月28日、宝永地震が発生しましたが、これは東海・東南海地震が同時発生した可能性があります。50日後に富士山が噴火しています。これが宝永大噴火。この4年前には、相模トラフのプレート間巨大地震である元禄地震が起きています。
また、宝永地震から147年経った1854年12月には、23日に安政の東海地震、翌24日に安政南海地震が連続して発生しました。このときは激しい揺れと、九州東部から静岡にかけての太平洋沿岸に巨大津波が押し寄せ、壊滅的な被害を受けました。3万人の人が亡くなったと伝えられています。
さらにこの惨状に追い打ちをかけるように、翌1855年に江戸は首都直下地震に見舞われました。世に言う安政の江戸地震です。1万人前後の人が亡くなり、幕府の施設や大名の江戸屋敷なども壊滅的な被害を受けています。
【アトキンソン】安政のこの数年は凄まじかったですね。次の年、1856年には「安政の江戸暴風雨」と呼ばれる大きな台風が江戸湾を襲って、まさにとどめをさされた感じでした。幕府は国を運営するどころではなかったでしょう。財政が急速に悪化したことは、少し考えれば誰にでもわかることです。