姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 トランプ大統領は第2期の大統領就任後、1カ月で公約5割に着手しました。そのために各所で軋轢が生まれていますが、個別の政策を虫眼鏡で見るよりも、大きく俯瞰して見た方がトランプが何を目指しているのかがわかると思います。ここで注目すべきは、「アメリカ・ファースト」とは言っていても「アメリカ・イズ・ナンバーワン」とは言っていないことです。アメリカ・イズ・ナンバーワンではなく、アメリカ・ファーストとして超大国の一角を占める「優越国」と考えているなら、二つのシナリオが考えられると思います。

 第一のシナリオは、ロシアというジュニアパートナーを従えて、二国間で中国を牽制しながら、エネルギー資源を手にし、米国の利益を拡大させていくということ。第二のシナリオは、米国、中国、ロシアによる「新ヤルタ体制」を構築していくことです。トランプはディールの観点から見ると、軍事力を行使して泥沼化すれば、これが米国の衰退につながると考えていると思います。

 米国単独による一極支配(ユニラテラリズム)を目指しているわけではありません。したがってブッシュ・ジュニア政権の時のネオコンのように米国的な価値観を世界に宣布するためにレジームチェンジを掲げて先制攻撃も厭わないわけでもありません。また、クリントン=オバマ=バイデンの民主党政権時のように民主主義vs.専制主義の二元論で世界を分け、必要な場合には軍事力の行使も辞さないリベラル・デモクラシーの米国とも違います。要するに「帝国」としての米国の、世界に対する過剰関与を縮減し、ロシアや中国といった、国連安保理常任理事国で核を保有する大陸大国との「談合」による寡頭制支配のレジームを作ろうとしているように見えるのです。

 トランプを通じて米国という資本主義の「本家本元」が劇的な変化を遂げようとしています。冷戦終結は社会主義諸国家が崩壊しただけで、資本主義的な世界システムは変わりませんでしたが、いまは覇権国家が変わろうとしているのですから、冷戦終結の時よりも、もっと大きな国際関係の「地滑り的変化」が起きる可能性がありそうです。

AERA 2025年3月10日号

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