
それほど思い出深い現在の帝劇がなくなると聞いたとき、どう感じたのだろう。
「実を言うと、いまだに、あんまり実感が湧かないんですよね。光一くんともよく話すんですけど、思い出がありすぎるから、悲しいというか、寂しい気持ちになっちゃうので、最後まであんまり考えないようにしているところがあるのかなと思います」
30年の新帝劇完成までの5年間は、「ミュージカルっていうジャンルにとっても、僕たち俳優にとっても、損失」だと感じる。
「お客様にとっても同じかもしれませんが、やっぱり帝劇で見たい、やりたいという思いは強い。毎日通うわけじゃなくても、象徴としてのミュージカルの殿堂がなくなるというのは、ぽっかり穴が開くみたいになるだろうなと。気持ちのうえで、やっぱり大きな存在だなと思います。
でも、それは仕方がないこと。新しい帝劇を迎えるために必要な期間なので。逆にこの期間をいかにつないでいくかが、自分たちの役割なのかなと思います」
それぞれ思いをつなぎ
「儚いですよね……。基本的にね、劇場とか演劇っていうのは、なくなってしまうものなので。伝えていかないと残らないものがたくさんあると思うんです」
そう語る井上は、帝劇のよさは何より「あったかさ」だという。
「もちろん好きでやっている仕事なんですけど、緊張もするし、プレッシャーもかかる。うまくいくときもあれば、そうじゃないときもあるんですけど、そのすべてを、お客様も含め、見守ってくださるというかね。育ててくださった、みたいな、あったかいところが帝劇にはあります。
僕たち役者やスタッフには、もちろん立場ごとにいろいろな思いがありますけど、きっとお客様にも同じようにあると思うんです。一度でも来てくださった方は、あの作品見たなとか、あのときこうだったなとか。例えば、もういなくなってしまった家族と一緒に見に来た方もいらっしゃると思うし、もしかしたら、来たかったけど来られないままの方もいらっしゃるかもしれない。それぞれの思い出とともに、みんなで思い出しつつ、感謝しつつ、みたいな最後になればいいのかなと。同時に、いまの帝劇は、こんなにみんなに愛されてきた、ということもお伝えできればいいな、そして、新しい帝劇につないでいけたらいいな、と感じています」
(編集部・伏見美雪)
※AERA 2025年3月3日号より抜粋