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シルヴィア(ジェシカ・チャステイン)は娘と二人暮らし。ある日、彼女は高校の同窓会で男に見つめられる。彼の名はソール(ピーター・サースガード)。なぜかシルヴィアの後を追う彼は、若年性認知症による記憶障害を抱えていた──。メキシコの俊英監督による優しきヒューマンドラマ「あの歌を憶えている」。脚本も務めたミシェル・フランコ監督に本作の見どころを聞いた。
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実は最初に思いついたのは復讐劇でした。でも今回は自分に課題を課してみようと思ったのです。これまでの「父の秘密」や「或る終焉」は自分的には同じ優しさや繊細さを持ちつつも物事が変な方向へと転がり、痛みに至った。今回は逆の方向に行ってみよう、と。
本作ではジェシカ・チャステイン演じるヒロインとピーター・サースガード演じる若年性認知症の男性が出会い、二人の人生が交差していきます。ヒロインには両親に関わるつらい過去があります。私はこうした家族をよく描きますが、まず私の子ども時代は素晴らしいもので、私の母は最高の母だったことをお断りしておきます(笑)。しかし父や母、家族はあらゆる物事のよい面・悪い面の根っこになっている。ですからキャラクターを模索していくうちに自然と家族を描くことになるのです。
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私は世界の行く末について非常に悲観的です。世界中で極右のリーダーが選ばれ、人の親切さや理解の心が減り分断が増えている。でもだからいまこういう作品を作ったかといえばそうではありません。私の映画はテーマありきではなく、記憶の断片や個人的な場所などのイメージからはじまります。今回は男が女を追いかけるシーンがまず浮かびました。私は映画を個人的な表現だと考えています。尊敬するジョン・カサヴェテスやイングマール・ベルイマン、ルイス・ブニュエル、黒澤明のように。
私は自分の何かを映画に押しつけるのではなく、その映画自身がどこに行きたいのかに耳を傾け、それに従います。結果、本作が出来上がりました。多くの人がよい反応をしてくれて、人と人の思いやソーシャルワーカーや介護という仕事について、または認知症について、ある種の真実を伝えることができたと感じています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2025年3月3日号
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