TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽や映画、演劇とともに社会を語る連載「RADIO PAPA」。今回は吉田大八監督の映画「敵」について。
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ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA
宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
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東京国際映画祭で3冠を受賞した話題作である。
筒井康隆原作の「敵」は独居老人の日常を描いたものだが、新宿の映画館は思いのほか若い女性が多かった。それは主人公渡辺儀助を演じる長塚京三の所作の魅力が静かに広まっているためなのかも知れない。彼の演技は豊潤だがさりげなく、フランス映画のような趣なのだ。
主人公はフランス近代演劇史を教えていた77歳の元大学教授。20年前に妻に先立たれ、山の手にある古民家でつましく暮らしている。
雑誌の執筆や講演による細やかな収入を得、預貯金残高を考えながら自らの葬式費用に思いを巡らせ、誰にも迷惑をかけずにこの世を去ろうと決めている。
ヴィム・ヴェンダースがメガホンをとった「パーフェクト・デイズ」の清掃作業員(役所広司)同様、この男も暮らしの一つ一つに手を抜かない。
食事にしても、米を研ぎ、炊き、鮭の切り身を焼き、焼鳥なら肉片に串を刺し、蕎麦を茹で、茶碗を並べ姿勢良く食べる。洗濯も、風呂も散歩もひとり。たまに立ち寄るバーで酒を飲むが、その動きは能楽者のように流麗で、見方によってはラヴェルの「ボレロ」に合わせて踊っているようだ(この曲にしてもいつまでも同じメロディが続く)。
監督の吉田大八は長塚京三の「死へ向かう演技」を息をひそめて撮影している。そこには監督の、俳優に対する畏敬の念を感じた。
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ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA
宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ