たうち・まなぶ◆1978年生まれ。ゴールドマン・サックス証券を経て社会的金融教育家として講演や執筆活動を行う。著書に『きみのお金は誰のため』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など

「円安で日本製品が海外で売れるようになるんです」とあちこちで力説していた専門家や企業関係者は、何と説明するのだろうか。

 一方で、円安によって訪日外国人が増え、旅行消費、いわゆるインバウンド消費は24年に8.1兆円とこちらも過去最高を記録した。訪日客がせっせと日本でお金を落としてくれるのは観光業界にとって朗報だろう。しかし、これも諸手を挙げて喜べるわけではない。

 インバウンド関連の「旅行収支」はプラスでも、デジタルコンテンツやクラウドサービスなどを海外から買う“デジタル赤字”が拡大しているため、サービス収支全体としては赤字が膨らむ見込みなのだ。さらに、観光客が増えると国内旅行の需要も高まり、ホテルや交通費が値上がりする。海外観光客向けの料金設定が当たり前になると、逆に日本の消費者は「旅行費が高くなってしまって行きづらい」という事態になる。

 長びく円安がさまざまな形で私たちの生活を圧迫し始めている。かつて「日本にとっては円安の方がいい」と言われていたのは、あくまで企業側の理屈でしかない。消費者にとっては食料品の値上がりや光熱費の高騰が重くのしかかり、観光やレジャーのコストまで上がってはたまったものではない。仮に企業が利益を出して私たちの賃金が上がるのだとしても、それ以上に私たちの生活が圧迫されるのでは本末転倒だ。

 もちろん、経済政策を検討する際に企業の意見を聞くべきだが、それ以上に生活者を守る視点も大事なのではないか。経済とは決して「企業のためだけ」にあるわけではない。トランプ政権になって、貿易の駆け引きが増えそうだが、石破政権には生活者を第一に考えてもらいたい。

AERA 2025年2月10日号

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