世界史において、アメリカ対ロシアの構図は重要な要素のひとつだ。昨今話題のロシアによるウクライナ侵攻も、アメリカとロシアの対立が生み出した世界の流れの延長にあると言えるだろう。今回紹介する玉置 悟氏の著書『地政学と冷戦で読み解く戦後世界史』(講談社)を読めば、今この世界で何が起きているのかを理解する糸口が掴めるのではないだろうか。
冷戦は、共産主義国と資本主義国の対立だ。玉置氏いわく、今日の世界構造は冷戦によって大きな影響を受けているという。そもそも共産主義国と資本主義国が対立することになったのはなぜなのか? そのきっかけには、産業革命後に激化したイギリスとロシアの対立が深く関係している。
19世紀はじめから20世紀はじめにかけて、ユーラシア大陸をめぐるロシアとイギリスの争いが繰り広げられた。両国の闘いは"グレートゲーム"と呼ばれていて、それぞれユーラシア大陸の内外から西アジア・インド・東南アジア・東アジアへと領土を広げていく狙いがある。
1922年に世界初の共産主義国としてソビエト連邦が成立すると、共産主義はさらに勢力を拡大。その一方で19世紀末以降にはアメリカも台頭しはじめるなど、ロシアとイギリスの闘いは"共産主義国vs.資本主義国"の色が濃くなっていった。
そして第二次世界大戦が終わりソ連の力が強まる一方で、イギリスの国力は低下。イギリスは次第にソ連との対立の場をアメリカに譲ることになり、以降続く冷戦の土台が形作られたのだ。
約30年前に一旦は終わった"冷戦"だが、近年似た構図の対立が目立つようになった。代理戦争・通貨戦争・サイバー戦争などを繰り広げ、"米中新冷戦"や"米露新冷戦"といった名前で呼ばれているそうだ。
「なぜアメリカは共産主義を放棄したロシアとまた争っているのか?」という問いに対して、玉置氏は地政学的な観点から以下のように答える。
「冷戦とは、ユーラシアの外側から内部に向けて攻めていこうとする勢力と、それを阻止しようとするユーラシア内部の勢力の闘いだった。この闘いは、攻めていこうとする側が諦めるか、あるいはユーラシア内部の勢力が完全に敗北しない限り、永遠に終わらない」(同書より)
はじめはイギリスとロシア、あるいはソ連との間で生まれたユーラシア大陸をめぐる争いが、形を変えて今なお続いていると考えられるのではないだろうか。
また過去の冷戦時の構図において興味深い点は、アメリカとソ連のスタンスの違いとその一貫性である。玉置氏いわく、冷戦時の初期から主導権を握り強引に行動していたのはアメリカ側だった。
「イニシアチブを取っているのは常にアメリカで、ソ連は常に受け身だった」(同書より)
実際アメリカ側の決定や動きに対しソ連側が一歩譲るような構図は、冷戦中に幾度となく見られた。
例えばアメリカが資本主義国側の西ベルリンに生活物資を送るための大規模な空輸を行った際、ソ連側から供給を止めるよう迫られることはなかったという。当時はすでにドイツが西と東で分断されており、空輸にはソ連が支配する東ドイツの領空を長期に渡り何度も侵犯しなければならなかった。ソ連側には警告や空輸機の撃墜などを行う選択肢があったものの、結果的には何もしなかったのだ。
またソ連のフルシチョフとアメリカのアイゼンハワーのやりとりも、ひとつの例として挙げられる。先んじて宇宙開発や大型ロケット製造に成功し優位性を示したソ連は、西ベルリンから手を引くことなどをアメリカに要求。さらにアメリカが応じない場合のペナルティも示した。しかしアメリカをはじめとする資本主義国側の間では返答期限までに結論が出なかったため、結局フルシチョフがアイゼンハワーのもとへ出向き会談を行ったという。
「今日でも、ロシアの動きは常にアメリカの作り出す状況に対する反応として生じている」(同書より)
昨今のロシアによるウクライナ侵攻は、アメリカとロシアの安全保障面での対立に起因する部分が大きい。そして対立の背景には、ロシアが多くの面積を所有しているユーラシア大陸の土地及び資源をめぐる思惑がいまだ渦巻いている。しかし冷戦時代と同じ"アメリカの選択に応じてロシア側が妥協する"ような対応を、今後期待できる保証はあるだろうか。
冷戦後の国際社会の展望に少しでも関心があれば、同書の購読を強くおすすめしたい。もちろん今日の世界情勢につながる冷戦時代の歴史も丁寧に解説されているので、世界史に苦手意識がある人でも読みやすいだろう。現代で起きていることを正しく理解するためにも、今まさに多くの人に手に取ってほしい一冊だ。