坂本龍一さん
坂本龍一さん

 馬場さんは大学卒業後ホリプロに入社。退社後は塩崎さんの公設秘書をつとめたこともあった。

 高校卒業後もときどき会い、コンサートに招待もしてくれた坂本さん。疎遠になった時もあったが途切れずに続いた五十数年のつきあいのなかで、YMOが大ヒットし売れっ子になっても、坂本さんが変わったと思うことはなかったという。

「嫌いなヤツは大っ嫌い、好きだったらずっとつきあう。一人っ子だからか人寂しい感じがあった。いいヤツでしたよ。繊細で、正直で、媚びず、そのくせ少し小心で……。本当に優しい男でした。自分が大病の時でも、僕の病気を心配してくれる人」

 坂本さん逝去のニュースが流れたあと、二人の関係を知る知人から次々に連絡が入ったという。

「悲しいでしょ、というメールをくれるんだけど、僕は一向に悲しくならない。すごい喪失感だけど、なぜか悲しくなってこない。彼は意識していないだろうけど、坂本と出会ったことが僕の出発点。50年があっという間だった」

「お互いに違う場所で生きて活動して、でもそういうことは関係なく、二人きりでばかばかしいことも含めていろいろな話をした。なんだか身体の一部分がもぎ取られてもっていかれたような気がする」

「みんな坂本に大事にされたと思っている。そこが彼の素晴らしいところかもしれない」

 馬場さんは「坂本龍一Playing the Piano in NHK & Behind the Scenes」を観て改めて感動したという。

「こんなにも優しく達観した世界を……。やっぱり彼は素晴らしかった。もうちょっと話がしたかったと思います」

(本誌・小柳暁子)

※週刊朝日 2023年4月21日号の記事に加筆