この世に無限にあるテーマ

  息長く愛され続けている「孤独のグルメ」。その魅力はどこにあるのか。

ドラマウオッチャーの中村裕一氏は「シンプルに“無駄がない”」と言い切る。

 ドラマの基本は、主人公の井之頭五郎が「腹が…減った」とつぶやき、ひとりで飲食店に入ること。その基本さえ押さえれば、その先の展開が無限に広げるコンテンツなのだ。

「男が、一人で、メシを食う、という極限まで削ぎ落とされたシチュエーションゆえに、その基本軸さえ守っていればどんなアレンジも可能。そして、この世に無限にある“グルメ”がテーマとくれば、良い意味で答えは無いに等しい。『孤独のグルメ』はもはや哲学の領域に差し掛かっていると言っても過言ではありません」

「劇映画 孤独のグルメ」のパネルの前では、鑑賞記念に井之頭五郎とツーショットを楽しむファンも=東宝シネマズ新宿、「孤独のグルメ」ファン提供

 そんなブレない基本軸に加え、井之頭五郎を演じる「松重豊」という俳優の存在も、長く愛される大きな要因なのではと中村氏は見る。

「新シリーズがスタートするたびに『自分の俳優人生に傷がつくと思った』『辞める覚悟はできています』など、松重さんがネガティブで毒のあるコメントを発するのがドラマファンの間で話題になっていますが、本当に嫌だったらオファーを断ればいいだけの話なので、これだけ続くということは、実はかなりご本人的にもこのドラマを気に入っているのではないかと推測されます。主役が演技に想いを乗せていれば、それはおのずと見る人にも伝わります」

 現在公開中の「劇映画 孤独のグルメ」は、松重豊が主演なのはもちろん、脚本、監督まで務めており、大切にしている作品であることは間違いないだろう。
 

神回は肉を頬張る五郎

 そしてテレビ東京の「孤独のグルメ」公式サイト(https://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume/)には、「五郎さん足取りリサーチ」と題して、これまでの全シーズン、スペシャルの放送回のグルメ写真がズラリと並ぶ。お腹がすいている真夜中やダイエット中は“閲覧注意”なサイトだ。

「孤独のグルメ」公式サイトには「五郎さん足取りリサーチ」というページがあり、五郎さんが訪れた店が並ぶ=「孤独のグルメ」公式サイトより

 そんな中で中村氏が「神回」として挙げるのは、シーズン1の第8話に登場する焼肉屋だ。

「ふと立ち寄った川崎の焼肉屋で『うおォン 俺はまるで人間火力発電所だ』と言って肉を頬張る五郎に、胸をわしづかみにされた人も多いのではないでしょうか。自分が美味いと思うメシに、食べながら心のなかで最大級の賛辞・賛美を送る。その姿に多くの人が感動を覚えるはず。なぜなら“食事”という行為において主人公は絶対的に自分であり、そのときだけは世界の、いや宇宙のど真ん中にいるからです。五郎独自のワードセンスと相まって、この作品の本質を表していると私は思います」

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