牡蠣(かき)といえば冬の味覚。西洋ではつづりでRの文字のつかない月(5~8月)にはカキを食べるな、日本でも「桜が散ったらカキを食べるな」と言われてきました。春以降は貝毒や雑菌が海に繁殖しやすくなり、また夏以降は産卵期となり味が悪くなるためです。そこで一般的には夏はカキのオフシーズン。しかし近年、イワガキ、別名「夏牡蠣」がぐんぐん知名度を上げて大人気に。広島や三陸の養殖マガキとは種類の違う大きなイワガキは、太平洋側では随一の産地が銚子市と隣の旭市の飯岡、国の名勝・屏風ヶ浦の周辺といわれています。なぜここでイワガキがよく取れるのでしょう。

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よく見ると変な形!カキってそもそもどんな貝なのでしょう

誰もが独特の姿と味を思い浮かべることのできるメジャーな貝であるカキ。でもよくよく考えると、なんだかよくわからないやつだと思いませんか。
お店で提供されるときは、船のように殻に乗って出てきますが、その姿はハマグリやホタテとも、アワビやトコブシとも、サザエともちがいます。歯ごたえも、普通の貝のプリッとした歯ごたえがなく、どろっとしていますよね。そしてついてくる殻は表面はゴツゴツしていて不整形。実はこれは、片側にふたのようについていた殻を外して取り去った姿。カキはアサリやハマグリ、アカガイやホタテと同じ二枚貝の仲間です。ウグイスガイ目イタボガキ科とベッコウガキ科・マガキ属(Crassosrea)に属し、世界に100種類、日本近海にも20種類ほどの生息が知られています。ほとんど魚介を生で食べる風習のないヨーロッパでも唯一生で食べ続けられている魚介類で、養殖も何とローマ帝国時代から行われていました。
自然でのカキは、卵として水中に放出されると水中で受精して孵化します。約1日で殻が形成されて幼生となり海の中を2週間ほど漂い、岩や人間の作ったコンクリートなど、適当な場所を見つけると、片側の殻(左殻)からカルシウムで出来た接着物質で付着し、一生その場から離れません。はがすと、付着している側が大きく膨らんで成長し、付着していない側(右殻)は比較的平べったく成長します。
エサは植物プランクトンで、大量の海水と一緒に吸い込みエラで濾しとります。動かないために筋肉はまったく必要なく、退化しています。取り入れた栄養は内臓などの成長に使われ、蓄積していきます。筋肉がなく、体のほとんどが内臓のため、貝独特のプリプリとした弾力はなく、やわらかくつるりとしたカキ独特の食感が形成されるのです。エネルギー消費が少ないために取り込んだ栄養は濃縮されて蓄積し、亜鉛は普通の二枚貝の約5~6倍もの量が含まれています。他にも鉄分などのミネラル、タウリン、エネルギーの源となるグリコーゲンを大量に含み、肝機能や視神経、血圧の抑制などに大きな効果がある優れものです。
このやわらかいとろけるような食感と、独特の苦味と甘みが調和したミルキーな内臓が、「海のミルク」といわれる由縁です。

海のミルク
海のミルク

ではイワガキとマガキって違うもの?

さて、ではイワガキ(Rock-oyster /Crossostrea nippona )って、私たちが普段もっともよく食べている冬が旬のマガキとはちがうものなのでしょうか。
イワガキもマガキと同じマガキ属の一種で近縁種です。岩牡蠣とは、岩につくカキ、あるいは岩のようにゴツゴツした外見からきています。大きな違いの一つは産卵形態。カキの旨みは、産卵に備えた栄養の蓄積にありますが、産卵後は身がやせほそります。マガキの場合、これが春に一気に産卵されるため、春以降は食味が落ち、このためマガキの旬は産卵以前の冬になるのですが、イワガキの場合、春から夏にかけてゆっくりと少しずつ産卵するため、春以降、夏でも身がやせず、かえって栄養を補給しておいしくなるといわれています。
また、養殖のマガキが一年で収穫される(稀に3年間かけて育てるものも)のに対して、イワガキは自然の岩礁で3~5年間ほど過ごすため、その分殻も身も大きくなり、殻長10cm、殻高20cmを超え、重さも1kgになるほどの大きさとなります。陸奥湾から九州の太平洋、日本海の潮間帯下の岩礁域の潮間帯から水深10mくらいまでの岩礁に生息します。
マガキしか見たことがない人は、イワガキを見るとまずその大きさに仰天します。マガキよりも旨みが濃厚で天然の磯で育つため磯の香りが強いといわれ、人気が高まっているわけです。
とはいえよいことばかりではありません。貝には毒性のあるプランクトンを摂取して毒化するというリスクがあります。西日本から東海の貝類を毒化する渦鞭毛藻のアレキサンドリウム・カテネラ、北海道、東北のホタテガイ等を毒化するアレキサンドリウム・タマレンセ、山口や大分地方の海で発生するジムノディウム・カテナタムなどが知られています。
貝毒は加熱によっても分解されないため、養殖の貝は徹底した管理を行い出荷しますが、天然ものはなかなかそうはいきません。このため、イワガキは本州以南の岩礁のある全国各地の海域で育つものの、毒性プランクトンの発生が多い内湾や太平洋側の東北、南海・東海地域では食されることがなく、日本海側の鳥取、石川、新潟、秋田(象潟)、山形、太平洋側では唯一千葉県銚子が産地でした。現在では貝毒検出の検査が厳密に行われたり、イワガキの養殖の研究が進み、それ以外の地域でも名産品として生産されるようになっています。

屛風ヶ浦
屛風ヶ浦

屏風ヶ浦を形成した峻烈な潮流がイワガキの大生息地を作った

では、銚子沿岸だけなぜ太平洋側では唯一のイワガキの産地だったのでしょう。
銚子沖は、世界有数の海流・黒潮(日本海流)が沿岸近くを流れ、北からの親潮(千島海流)とぶつかる海域で、また海が荒れて巨大な三角波が発生してタンカーなどが頻繁に遭難することで知られる通称・魔の海域。この荒々しい海が、銚子の南岸の岩礁を削り続け、それにより「東洋のドーバー」といわれる断崖「屏風ヶ浦」を形作りました(削られた土砂がふたたび波によって打ち寄せて堆積したのが70kmにも及ぶ砂岸・九十九里浜です)。あまりに浸食が激しいために、食い止めるためにと住民たちは南岸の飯岡に、飯岡港から砂浜にかけての100~200メートルの沖合に消波ブロックを積み上げ離岸堤を築いて土砂の流出を防ぎました。この消波ブロックの膨大なテトラポットに、もともと岩礁に生息して細々と地元で消費されていたイワガキ(銚子地方では磯の岩礁につくため「磯牡蠣」の名で呼ばれています。)が大量に生育しているのが発見されました。
つまり、親潮がもたらす豊富なプランクトンと、黒潮がもたらす豊富なミネラル、それらがぶつかる激しい海域には静かな富栄養の毒性プランクトンが発生しづらく、その上離岸堤という沖近くで温度が比較的高いことで成長がいい、という条件が重なり、良質のイワガキが大量に取れるようになった、というわけです。

漁期は身が充実する5月から8月上旬。八月中旬までは、近隣の民宿などで「磯ガキ祭り」がおこなわれています。近年、天然イワガキも通販などででまわるようになったとはいえ、やはり産地で新鮮なものを食べるのは一味違います。夏休み、国の名勝・天然記念物に指定された屏風ヶ浦と、日本遺産に指定された銚子の街を観光がてら、イワガキを堪能しにお出かけしてみてはいかがでしょう。

銚子港から屛風ヶ浦
銚子港から屛風ヶ浦