アメリカ大統領選の投開票が迫るなか、共和党のトランプ前大統領が民主党のハリス副大統領と激しく競っている。トランプ氏の勢いはなぜ衰えないのか、その宗教的な背景について、宗教研究機関「ICJS」のマシュー・テイラー上級研究員に聞いた。(以下、敬称略)
Q:あなたは今までどの党に投票しましたか?
A:私が選挙権を持つ年齢になったのは1998年ですが、2000年、2004年には共和党のジョージ・ブッシュに投票しました。2008年と2012年は民主党のバラク・オバマで、2016年はヒラリー・クリントン、2020年はバイデンに投票しました。
Q:今回郵便投票はすでにしたのですか?
A:郵便投票はしていませんがが、投票日にハリスに投票するつもりです。
Q:投票先を共和党から民主党に変えていますが、なぜですか?
A:私は、福音主義運動の環境で育ちました。今で言うキリスト教ナショナリズムです。福音派として人工妊娠中絶が最も重要な問題であることは理解していました。ジョージ・ブッシュの外交政策には必ずしも賛同していませんでしたが、他の福音派と同様、当時人工妊娠中絶の問題を最優先していました。
しかし、時が経つにつれ、私はまだ福音派でありながら、バラク・オバマの価値観により深く賛同するようになりました。私は、国家にとって何が良いことなのかという観点から、さまざまな問題があることを考え、認識し始め、バラク・オバマとジョー・バイデンのビジョンに賛同するようになりました。
今、私はもう福音派だとは思ってません。私はキリスト教徒であり、プロテスタント・クリスチャンであると自認していますが、ドナルド・トランプには非常に反発しています。彼は脅威だと思います。これは彼が政界に登場したときからの私の見解です。彼は極めて危険なポピュリスト的権威主義者であり、国が真の存亡の危機となる可能性があります。彼は、我々が今日理解しているようなアメリカの民主主義を実際に終わらせる可能性があります。私は世界中の宗教を研究している学者ですが、民主主義国家がどのように形成され、成長し、その中で宗教や宗教的言説が果たす役割や、民主主義国家がどのように崩壊し、萎縮し、あるいはこのようなポピュリスト的権威主義運動に押しつぶされるかという力学について、非常によく理解しています。私はドナルド・トランプに、危険なデマゴーグ(扇動する政治家)と潜在的な暴君の兆候をすべて見ました。
人類はポピュリスト権威主義に弱い
Q:2016年の初出馬以来、トランプは2020年の敗北を覆そうと画策したと非難され、さまざまに起訴されて、34の重罪で前代未聞の有罪評決を受けたにもかかわらず、ご存じのように一部の州ではほぼ不動の支持基盤を維持してきました。しかし、トランプはかつて「忠誠心を何よりも大切にする」と語りましたが、支持者の多くを引き留めているのは妄信的な忠誠心ではありません。トランプ支持者の中には、トランプに対する刑事事件には動じない、あるいは目をつぶろうという人もいます。これについてはどうお考えですか?
A:人類はポピュリスト的権威主義運動に弱いというのが真実だと思います。これはアメリカに限ったことではありません。ハンガリーのビクトル・オルバン、ブラジルのジャイル・ボルソナロ、インドのナレンドラ・モディ、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアンなど、最近起こったことを見れば、人類は保護と安心感を求めていることがわかります。それが我々の本質です。
人類の歴史の多くにおいて、そして先史時代においてさえ、安全と安心は強い男によって保障されていました。我々は王や皇帝、部族の長の下で暮らしていました。これは人間の経験の中に組み込まれているもので、強い男、コミュニティーを守るアルファ・オスがいて、その人が長であり、独裁者なのです。独裁者という言葉も、もともとはローマ帝国で使われた肯定的な言葉でした。つまり、これは人間の本性に深く刻み込まれているもので、どちらかといえば、多元主義、民主主義、市民の政治参加、市民としての責任に対する本能は、人類の歴史において非常に新しく導入されたものなのです。多くのアメリカ人がドナルド・トランプに愛着を感じていることには驚かされますが、人々が強い男に惹かれるという事実は、まさに人間の本性なのです。民主主義や多元主義について語るとき、これらが人類の歴史において比較的新しい概念であることを認識する必要があると思います。誰もが平等であるという考え方、誰もが社会で発言権を持つべきだという考え方、性別や人種、宗教によって階層を作らないという考え方は、人類の歴史において非常に新しいものです。
人間として、自分こそがすべての問題を解決する救世主であると断言できる指導者を追い求めるのは、根深い感情的、精神的な傾向だと思います。ドナルド・トランプは、自分はまさにそのような人物であると売り込んだ人だと思います。2016年の選挙戦でも、彼は「おれが一人で解決できる」と言い続け、まるでアメリカの運命がこの不敬な不動産王の一存にかかっているかのようでした。そして、多くの人々がそれに惹かれているのだと思います。多くの人がそれを望んでいるのです。そして、国民の一部は常に権威主義に惹かれているのです。
アメリカにおける問題は、そのような感情が常に存在することで、アメリカの歴史にはそのような感情に訴える人物がいました。それは本当に危険なことです。ポピュリストの権威主義的な本能や、マイナーな政党、マイナーな政治家がそうした考えを支持したり、そうした感情をかき立てたりすることと、二大政党のうちのひとつがそうした感情に乗っ取られるのはまったく別のことです。
そして、ドナルド・トランプが共和党を支配し、既成政党としての共和党を完全に崩壊させ、2015年には共和党の指導的立場にあった共和党の決定版と言われたような人々、共和党員であることの意味の典型のようだった人々が、今日、共和党の文化が大きく変化したため、共和党員を名乗れなくなっています。
共和党員の多くは、私が共和党員として投票していた頃でさえ、自由について、良心の自由、宗教の自由について主張していました。しかし、ドナルド・トランプの周りにいるキリスト教信者の多くは、宗教の自由を主張しているわけではありません。彼らは宗教の自由を重視していると言うかもしれませんが、キリスト教徒のための宗教の自由と、キリスト教徒による他の人々の支配を重視しているのです。繰り返しますが、それは人類の歴史において新しいことではありません。むしろ、他者の支配から脱却することは、比較的近代的な出来事です。