(c)2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ
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 60代後半でブレークしたフジコ・ヘミング。コロナ禍でも積極的に動き無観客ライブを行い、愛する犬や、小物に囲まれて暮らす。そして2023年3月、最後のパリ公演の幕が開く──。18年に大ヒットした「フジコ・ヘミングの時間」の監督が、20年からの4年間を追ったドキュメンタリー「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」。構成と編集も務めた小松莊一良監督に本作の見どころを聞いた。

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(c)2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ
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 フジコさんに最初に会ったときのことをよく憶えています。2013年、コンサート終了後に廊下を歩いてきて、僕を見てふっ、とシャイな様子を見せた。思春期の少女のようで印象的でした。僕は怖い人だと思っていましたから(笑)。それからずっと縁をつなぎ、18年に映画「フジコ・ヘミングの時間」が生まれました。その後「海外のコンサートを撮ってほしい」と言われ、23年まで4年間撮影をしました。前作より音楽的な部分をしっかりと描いたつもりです。

 本作であらためて感じたのはフジコさんの進化です。以前はやや毒舌でシニカルなところがありましたが、どんどん優しく清らかになっている。演奏もそうです。1999年のラ・カンパネラと今ではスピード感もタッチも違う。73年の音源は若いエネルギーに満ちてタタタタ!と弾いています。一緒に聴きながらフジコさんも「喧嘩しているみたい」と笑っていました。「今の弾き方のほうが私は好き」と。心を動かす音楽とは人間の生き様から生まれてくる。そのことを体現した人だと思います。

小松莊一良(監督・構成・編集)こまつ・そういちろう/米ロサンゼルス生まれ。吉川晃司などアーティストのドキュメンタリーを手がける。代表作に「フジコ・ヘミングの時間」。18日から全国順次公開(写真/写真映像部・佐藤創紀)

 一緒に旅をしていると「あなたはもっとタフにならなきゃダメよ」とよく言われました。フジコさんは傷つきやすい人だけれど、やはり何十年もさまざまを乗り越えてきたタフさを獲得している。彼女はつらい状況下でも人形や絵、猫など自分の好きなものを半径1メートル内に集めて拠り所にし、現実を乗り越えてきた。いまも同じで自分の「好き」があるから老いや孤独に立ち向かえるのだと生きるヒントをもらった気がします。

 僕たちはものづくりの同志でした。お互いにあと10年は一緒に会うと思っていた。いまだに亡くなったと思っていません。モスクワにでも演奏旅行に行っているんだろうな、くらいの感覚なんです。

(取材/文・中村千晶)

AERA 2024年10月21日号