5月5日は立夏、暦上この日から夏となります。立夏の初候は蛙始鳴(かわずはじめてなく)。宣明暦では「螻蟈鳴」、宝暦暦・寛政暦では「鼃始鳴」ですが、どちらもカエルのことです(ただし貞亨暦は「「鵑始鳴」となり、鵑はホトトギスのこと。渡り鳥のホトトギスが鳴き始める初夏をあらわします)。「かわず」はカエルの歌語(和歌などで使用する言葉)。文字通り、蛙が鳴き始めるという意味ですが、おりしも田に水が引かれ、雨も多くなり、繁殖期を迎えた蛙たちの行動が活発になる時期です。

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両生類界が輩出した唯一無尾(び)のマルチプレイヤー

ところで繁殖期を迎えて、と書きましたが、まだ春浅い2月~3月ごろ、田んぼのあぜの水溜りや水路、池の中に、ゼラチン質のチューブに包まれた蛙の卵塊を見たことがある人は多いのではないでしょうか。初夏からが繁殖期ならば、早春の時期のこの卵は何なのでしょうか。
一口に言ってもカエルの種類はさまざま。ニホンアカガエルは1月から2月のまだ寒い時期に、一旦冬眠を打ち切って地上に出て繁殖をします。卵を産み落としてからまた親ガエルは冬眠してしまいます。このとき産み落とした卵はときに氷結して死んでしまうこともありますが、春先一番に孵化して早めにおたまじゃくしになる分、他種のオタマジャクシとの競合を避けて成長できるため、二度寝になってでも早めに卵を産むようです。その後、4月のはじめごろにはヒキガエルの集団繁殖(泥水の中で何匹もの雌雄がくんずほぐれつ格闘する、いわゆるカエル合戦が行なわれます)、5月から7月にかけてアマガエル、ツチガエル、ダルマガエル、ウシガエル、シュレーゲルアオガエル、モリアオガエル、カジカガエルなどが次々と産卵します。
日本に生息する約40種のカエルの場合、繁殖は交尾によるものではなく、オスがメスの背中に乗りおなかを押して刺激して産卵を促し、この卵に精子をかけることで受精(体外受精)します。
カエルが属する両生類には、サンショウウオ、イモリなどのトカゲのような形態の種類(ウーパールーパーもその仲間です)、手足がなく、ヘビとミミズの中間のような形態のアシナシイモリの仲間、そしてカエルの仲間という、大きく分けて3種類があります。原始的な両生類イクチオスデカは3億6千万年前ごろのデボン紀に現れ、サンショウウオに近い形態をしていました。ここから、脊椎の数を増やし手足を退化させたアシナシイモリと、脊椎の数を減らし、尻尾すら退化させ、その代わり後肢を発達させたカエルの仲間が分岐しました。
カエルは、人間、類人猿以外では唯一尻尾がない脊椎動物なのです。まさに唯一無尾。なので幼生(おたまじゃくし)から成体への変化は、ほとんど無脊椎動物の変態のように劇的でダイナミックです。
ですがその反面、大きな変化の過程ではカエルで大きな生存の危機にも直面します。尾を失って水中で推進もままならず、また呼吸器、消化器の変化に合わせて口の形態も変化するのでそれまでは飲食も出来ません。多くの個体がこのとき命を落とすといわれます。
しかし、そのリスクを負って変化した後のカエルは、従来の両生類とは桁違いの運動能力や適応力を獲得します。そして世界中いたるところで環境に適応して大繁栄することができたのです。世界にいるカエルは約4000種類。この数は何と哺乳類すべてをあわせたのとほぼ同じなのです。

毛のあるやつ、子供を産むやつ・・・カエルが古今東西擬人化されてきた必然

カエルはさまざまな点で不思議なほど人間と似ています。尾がなく、後肢が前肢より大きいだけでも他の動物よりもぐっと人間に近いのですが、いわゆる平泳ぎという泳ぎ方が出来るのは、地球上で人間とカエルだけ。カエルの足の筋肉は、哺乳類、人類とはまったく違う進化過程を経ていますが、筋肉のつき方などは人間とよく似ているそう。
脊椎動物というのは、その名が表すとおり、頭と、そこから伸びる脊椎が構造の基本形。多くの脊椎動物は首から背骨に約24個の脊椎骨を、尾には50を越える脊椎骨を持ちます。カエルでは尾は完全になくなり、脊椎骨の数はわずかに9個。肋骨もなく、きわめて単純化された骨格です。そしてカエルの頭部の骨と脊椎骨がジョイントする部分の構造が、なぜかカエルと哺乳類に共通し、鳥類・爬虫類に見られないことから、かつては人類を含む哺乳類は、カエルから進化したのだと考えられていたこともあるのです。
つい近年、インドネシアの熱帯雨林の奥地で、ジョコ・イスカンダル(Djoko Iskandar)氏により卵ではなくオタマジャクシを産む新種のカエル(学名Limnonectes larvaepartus)が世界で初めて発見されました。
そればかりか、アフリカに生息する体内受精を行う一部のカエルは、子ガエルを産みおとします。こうなってしまうともう、事実上胎生哺乳類の出産と同じですよね。
また、下半身に毛が生えるカエルもいます。アフリカ中西部にのみ生息するケガエルは、体に「毛」が生えることで有名。繁殖期になるとオスの体に毛のようなものが生えてきます。これは厳密には毛ではなく、皮膚の一部が細く長く毛のような房になり、ここに空気を大量に溜め込んで長時間水中で無呼吸でいられる仕組みなのですが、その姿は毛深い人間のようにも、腰蓑をつけた姿のようにも見えます。
というようなわけで、カエルは古くからカエルは昔話や童話の中で擬人化されてきました。西洋では主に魔女に醜い姿に変えられてしまった人、という設定で出てきますし、日本では平安時代に描かれた国宝・鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)が有名ですよね。ここではお経を読んだり相撲を取ったりしています。相撲といえば妖怪の河童が相撲好きといわれていますが、カエルの別名の「かは(わ)ず」は、「川衆」とも当て字され、これは河童の別名。カエルの姿や生態や動きは、水に棲む人型の妖怪・河童のイメージ形成に大きく関わっていたことは間違いありません。河童の想像上のクワックワッという鳴き声も、カエルから発想されたものでしょう。

平泳ぎ、できますか?
平泳ぎ、できますか?

でもそんなカエルが近年激減している

ところで、そんな身近にたくさんいて大繁栄していたはずのカエルが、どうも近年激減しているという話を聞きます。筆者の体感でも、20年ほど前と比べて、田のカエルの鳴き声はずいぶん減ったと思います。以前は春から夏にかけて、田んぼ近くの道路には車に轢かれたカエルの轢死体が累々としていたものですし、雨の日には住宅街にすらうようよとヒキガエルが現れたものでしたが、もうそんなことはまったくなくなってしまいました。
地域によっては、まったくカエルがいない里山もあるとか。カエルの減少は世界的な傾向で、それはオゾン層の破壊による紫外線の影響とか、カエルツボカビ病の影響とか、水辺環境の減少とか、複合的なものが考えられますが、もっとも大きい原因は、カエルやサンショウウオなどの両生類は皮膚から水分を取り込んで酸素を吸収している生物であるために、酸性雨や化学物質の放流による環境ホルモンの影響を他の生物よりもはるかに受けやすいためだというのが、多くの調査から指摘されています。カエルがいなくなるということは人間にとっても害になる昆虫類の増加を招くことになります。手遅れになる前に、減少を食い止める手段が見つかることを願います。
田んぼなどの里山や渓流でなくても、街中にもアマガエルやシュレーゲルアオガエルなどは普通に生息しています。アマガエルは緑から灰色、水色、茶色と著しい体色変化が見られ、よく鳴き快活な楽しい種です。間近で観察してみると面白いですよ。ただ、カエルはわずかな毒をもちますので、ふれたあとは手を洗うようにしましょう。