AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
文芸誌「群像」に約2年間にわたって連載されたエッセーをまとめた一冊。幼い頃の思い出から、ロシアによるウクライナ侵攻とそれに対抗する「心の仲間たち」とのネットを通じたやりとり、さらには原発を抱える新潟県柏崎市への移住へと話題は展開し、読者をさまざまな思索へと誘う。情報が溢れる今こそ本を深く読み考えることが大切なのだと思わずにはいられない一冊となった『文化の脱走兵』。著者の奈倉有里さんに同書にかける思いを聞いた。
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2021年秋に刊行された奈倉有里さん(41)の『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』は、心にずっしりと響く本だった。国立ゴーリキー文学大学に留学してロシア文学を学び、そこに集った人々を描いた文章に共感していたところ、ロシアによるウクライナ侵攻が起きた。本に登場した人々はどうなったのか心塞がれる思いだった。
奈倉さんはその後、翻訳書を含め何冊もの著書を出して注目の書き手となった。『文化の脱走兵』は文芸誌「群像」の編集者から「好きなことを書いてください」と求められて書いたエッセー集である。
「冒頭の『クルミ世界の住人』は単発で書いたものですが、次の『秋をかぞえる』から連載になりました。ロシアによるウクライナ侵攻が続き、向こうの友人とやりとりをしたり、大学で教えたり、他の連載があったりと忙しい時期だったのですが、1カ月に一度ふっと気が抜けた時に思いついたことを書くのは楽しい時間でした」
子どもの頃の泥団子作りから母の郷里である新潟で過ごした夏休み、大好きな秋から冬にかけての季節のことなどが綴られる。
「狙ったわけではないけれど、読者の方からは『自分が子どもだった頃を思い出します』という声が多く、嬉しいですね。それぞれ思い入れのある章が違い、私にもさまざまな思い入れがあるので、いろいろなところで読んだ方とつながれる気がしています」