ウラジオストク駅
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ウラジオストク駅
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ノスタルギーヤの「サリャンカ」「ヴィニグリェート」「モルス」
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ノスタルギーヤの「サリャンカ」「ヴィニグリェート」「モルス」
昼間のビアバー、リパブリック
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昼間のビアバー、リパブリック
やっとありついたビール
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やっとありついたビール
ウラジオストクの街並みとファッションチェック
ウラジオストクの街並みとファッションチェック
ウラジオストクの街並みとファッションチェック
ウラジオストクの街並みとファッションチェック
ウラジオストクの街並みとファッションチェック
ウラジオストクの街並みとファッションチェック

 今回から3回にわたって、わたしが1週間ほど旅行をしてきたロシアの旅について報告しようと思う。音楽に関することばかりではないが、楽しんでいただければうれしいことである。

【ロシア旅行記、その他の写真はこちら】

 ここ数年、仕事が立て込んでいて、プライベートの海外旅行というものに行く機会がなかった。今年も、新年になった段階で年間のスケジュールが埋まっており、またこの1年、海外旅行はおあずけだな、と思っていたところ、いわゆるドタキャンというものが発生してしまった。つまり、1週間ほど仕事がなくなってしまったのだ。

 わたしは、その取引先のいい加減さに憤慨し、かつ、見込んでいた売り上げがなくなってしまったことにがっかりもしたのだが、そこはわたしの持って生まれた性格というのだろうか、せっかく天がくれた1週間を有効に活用することにした。

 そう、ふだんなかなかできない、海外旅行に行くことにしたのだ。といっても、休暇までの時間は、あと一月ほどもない。まずは、計画を立てることからはじめなければならない。

 どこへ行くか?だが、できれば、行ったことがないところへ行ってみたい。それも、できるだけ異文化の香りのする場所がいい。世界地図を広げたところで、それはすぐに決まった。ロシアだ。

 世界地図で、北海道の札幌の左の方を見ていくと、中国の上に広大なロシアが広がり、その一番東寄りのところに、ウラジオストクという地名を見つけた。

 ここなら、何時間も飛行機に乗り続けることもなく、かつ、英語圏ではない、異文化の地に行けるのではないかと考えた。

 調べてみると、飛行時間は2時間ちょっととさほどかからないが、ビザが必要だということがわかった。しかも、ビザが発行されるためには、旅行会社が発行するバウチャーが必要だという。バウチャーとは、旅行者の氏名やパスポート番号などのデータはもちらん、ロシアへの入国と出国日、宿泊場所、移動手段、日本とロシアの旅行会社名とその印鑑などである。面倒なので、ビザの取得も含め、旅行会社に一任した。

 旅行会社に申し込みをしたのが、出国予定日の10日前。その間に、旅行会社にパスポートを送って、ビザを申請してもらうことになる。

 ツアーの旅程は、火曜日に出発、火、水と2日間、ウラジオストクに宿泊。木曜の夜にシベリア鉄道に乗り、一晩かけてハバロフスクへと向かう。ハバロフスクは、金、土と観光、2泊だ。日曜の朝にはホテルを出て、出国。日本には、午後には着いてしまう予定だ。行動は、すべてフリーにしておいた。

 出発までの間に、ロシア語の会話本を買った。それからSNSで、シベリア鉄道に乗るロシアへの旅に出るのだが、なにかアドバイスがあれば教えてほしいと書き込んだ。

 数件の書き込み、アドバイスをいただいた。
 ひとつは、日本酒を持って行ったら、車掌さんと一緒に飲んで、仲よくなれたというものだった。もうひとつは、カップ麺と缶詰とからだなどを拭くためのウェットティッシュを持って行けというものだった。

 わたしは、それらのアドバイスを守って、用意を開始した。

 さて、成田空港からウラジオストクまでは、2時間10分の空の旅である。時差は1時間。

 ウラジオストクの空港では、空港からの出口で、わたしの名前を書いた紙を持った旅行会社の人が待っていてくれることになっている。これなら、はじめての場所でも安心だ。と、思っていたのだが、名前を書いた紙を持った人が3人ほどいたが、その中にわたしの名前はなかった。日本人の名前は、わたし以外に一人だった。それは中年の男性で、その旅行会社のロシア人は、日本語が上手だった。わたしのガイドが来ていないことを知ると、どこの旅行会社の何という名前かわかりますか?と心配してくれた。だが、わたしには、その旅行会社名も担当者の名前も知らされていなかった。そう伝えると、「名前が分かれば、連絡取れると思うのですが」と残念そうな顔をして、去って行った。

 わたしと同じ飛行機に乗ってきた日本人は、3人のようである。

 もうひとりは若い女性で、スマートフォンを見ては、きょろきょろしている。なにごとかが起こっているようだ。その女性は、太ったロシア人の中年女性スタッフになにごとか話しかけている。ロシア語が話せるようだ。

 同じ飛行機の乗客は、出口のまわりからいなくなり、わたしとその女性だけになってしまった。
 わたしは、その女性も旅行社のスタッフが迎えに来ないので相談しているのではないかと想像した。
 わたしは、二人の会話に乱入した。

「お話中、失礼します。もしかして、旅行社の方がいらしてないのではないですか?」
 彼女は、「いいえ。来てないのですか?」とわたしに尋ねた。
「そうなんです。あなたはなにを質問していたんですか?」
「あ~、wifiがつながらないので、なぜか聞いていたんです。どうも今日は調子悪いみたいです。ロシアって、そんなもんです。旅行社の方も待ってれば来ると思いますよ。日本の会社で手配したんですよね? 日本の会社と提携するところなら、大丈夫だと思います」
「そうですね、もうちょっと待ってみます」

 とりあえず、使用料が上限付きの海外仕様のスマートフォンでインターネットが使えたので、日本の旅行会社に迎えが来ていない旨をメールで知らせた。

 そのうちに、彼女がロシア人の男性と歩いて行こうとしているのに気づいた。男性は、彼女を迎えに来た知り合いのようには見えなかった。
 あ、あの子が、ロシア人の男に連れて行かれてしまう、という気持ちと、彼女がいなくなったら、ここにはわたし一人になってしまう、という二つのことが、わたしの頭をかけめぐった。この時には、飛行機の乗客はもちろん、それらの乗客を狙ったタクシー運転手も、飛行場のスタッフもまわりから消えていた。もし彼女が行ってしまったら、ここでひとりぼっちになってしまう。

「どこへ行くんですか?」
 わたしは、彼女にかけよってたずねた。
「ホテルまで、タクシーで行くことにしました」
 わたしは、とっさに、
「いっしょに、行ってもいいですか?」
 とたずねた。彼女は、
「いいですよ」と気軽に、OKしてくれた。

 この時のわたしの判断は、待っていれば旅行社の人が来るかもしれないが、来なかった場合、自力でホテルまで行かなければならない。地球の歩き方には、タクシーにはメーターがついていなくて、交渉制で、旅行者はぼられるから気をつけろ、と書いてあった。この子と行けば、あるていどの値段で、とりあえず確実にホテルまで行くことはできるだろう、と判断したのだ。

 この判断は、よかったと思う。
 車の中で、お互い自己紹介をした。彼女は25歳、OL。東京寄りの千葉県で仕事をしている。3年前に10カ月ほど、ウラジオストクに語学留学をしていたこと。今回は急な休みが取れたので、思い切って来たのだという。

「ビザが下りたの前日ですよ。ぎりぎりでした」
 そんなことを話しながら、彼女が、そんな旅をしているのを楽しんでいるのがわかる。
「よかったら、このあと食事しませんか?」
 と誘うと、「いいですよ」とのことだった。こんな出会いが、旅は楽しい。

 タクシーの中でメールを見ると、日本の旅行会社の担当スタッフから、「現地へ電話しておりますので、少々お待ちください」と入っている。待ってなくてよかったと思う。メールで、タクシーでホテルに向かっている旨を報告する。問題は、そのロシアの旅行会社の人が、シベリア鉄道の乗車券を持っているとのことなので、その受け渡しが必要になる。わたしは、ホテルのフロントに預けるようにメールで指示した。

 わたしの宿泊するホテルに行き、チェックインをする。すると、空港で声をかけてくれたロシア人のガイドがいて、「旅行会社の人には会えましたか?」とたずねてくれた。「いいえ、タクシーで来ました」というと、自分の名刺を出して、「なにかあれば連絡ください」と言ってくれた。これで、ちょっと安心できた。
 部屋に荷物を置いて戻ってくると、ロビーにいた男が駆け寄ってきた。そして、よくわからない言葉を話しかけてくる。英語だったと思うが、とりあえず、その人が遅刻をした旅行会社の人だと理解できた。謝っているので、怒ってないよ、というふりをする。すると、明日はタクシーで市内観光をしないかと言ってくる。ま、実際は、「タクシー、タクシー、観光、観光」てな、感じだったと思う。遅刻するような人と1日観光するのはいやなので、いらないというと、もの凄くがっかりした顔をした。
「シベリア鉄道のチケットは?」とたずねると、渡してくれた。ロビーには先ほどの女の子が待っているので、では、シベリア鉄道に乗る日もよろしく、などと伝えて別れた。

「どこか行きたいお店、ありますか?」とその子は、わたしにたずねた。
「このホテルのすぐ近くに、ノスタルギーヤというロシア料理の店があるはずなので、そこに行こうと思っているけど、どう?」というと、
「あ、そのお店の名は知っているけど、行ったことないです」という。地球の歩き方に載っていたのだけどね、などといいながら探したのだが、その店が見つからない。地図で見ると、その店のあるべき場所には寿司屋がある。あるべき交差点を3周ほど回って、その寿司屋の先まで行ってみることにした。すると、灯りの消えたその店があった。二人は顔を見合わせた。お休みだったのか? しかし、よく見ると、ドアの間から灯りがもれている。ドアを押してみた。すると、明るい照明の中から、お店のスタッフが現れ、奥へと案内された。その部屋は、テーブルが10席ほどあり(曖昧な記憶だが)、四方の壁には、肖像画がびっしりと飾られている豪華な装飾だ。
 この店に行こうと思った理由のひとつに、わたしは、タルコフスキーというロシアの映画監督が好きで、その監督の作品に『ノスタルジア』という映画があり、そのタイトルと同じだったというのがある。内装は、わたしが勝手に思ったそのイメージから、さほど遠くはない。

 注文を取りに来たので、ビールを頼むと、「ニエット」という。つまり、「ない」である。え、じゃ、ワインは?というと、またもや、「ニエット」といい、アルコールはない!と宣言される。しかたがないので、彼女に食事の注文を任せる。彼女が注文したのは、「サリャンカ」と「ヴィニグリェート」。そして飲み物は、アルコールの入っていない飲み物「モルス」だ。

 さすが、ロシアを少しでも知っている人と一緒だと、わたしの知らないメニューが食べられるのだ。
「わたし、アルコールのないお店なんてはじめてです。こぐまさん、お酒好きなんですか?」
「好きというか、そのために仕事をしていると言ってもいいかな」と、少し、笑いを取る。
「残念でしたね。でも、おかしいですね」
 テーブルを見ると、各テーブルには、カットの入ったタイプのワイングラスが、複数個ずつ置かれている。
「あれは、ワイングラスだから、ほんとうは、あるはずだと思うんだよね」
 結局、わたしたちの想像では、閉店間際なのでお店の前の電気も消され、食事はできたが、お酒は出してもらえなかったのだろう、ということになった。

 結局、お酒のないまま、「ロシアでは、これ、よく飲みますよ」と、彼女がいうモルスという名の赤い甘酸っぱいベリージュースを飲んだ。
 赤いビーツという砂糖大根のサラダ、ヴィニグリェートを食べ、トマトで味付けしたサリャンカというスープを飲みながら、彼女の3年前の10カ月間の語学留学の話や、お互いの自己紹介の続きをした。

 彼女が次のメニューを見始めたところで、
「お酒の飲める所に移動しよう」というと、
「了解です」となり、お会計をした。そして、領収書をくれというと、もうコンピューターをしめちゃったので出せない、といわれる。
「やっぱり、それでお酒も出なかったんですね」と彼女が言う。「早く、帰りたいんですよ。ロシアって、そういうところありますよ」と笑う。

 次に、ノスタルギーヤとホテルの間にある、リパブリックという名のカフェにいく。ここも、地球の歩き方に載っていた店だ。入っていくと、バイキング形式になっているが、アルコールの姿がない。ビールはあるか?と聞くと、2階だ、と指をさす。
 ま、実は彼女がロシア語で話してくれたので、わたしはあとからついていくだけで、すんでいるのだ。
 ビールには、赤と白と黒の3種類がある。わたしは赤を注文した。なにか食べようかと思ったが、あまり食欲がないことに気づいた。すると、彼女が、
「機内食、けっこう、ボリュームありましたよね」とわたしにたずねる。そういえば、チキンサンドが出たのだった。チキンとトマトのサンドイッチで、サワークリームがかかっていた。それで、お腹が減らないんだねということで落ち着いた。

 リパブリックを出て、彼女は、深夜までやっているデパートで買い物をして行くとのことだった。わたしもいっしょにお酒を買いに行こうというと、リパブリックの下にあるお店を指さして、
「ここ、24時間営業って書いてあるから、ここで買えますよ」という。それなら、そうしようということで彼女と別れ、その店に入ろうとしたら、店のスタッフから何事か大声で叱られ、出てけ、というような対応をされた。どうも、もう終了したということらしい。営業は、9時までだと言っているようだ。どちらにしても、買い物ができないということは事実のようだ。
 表に出ると「24」という数字が見える。24時間営業のように見える。でも、買い物はできなかった。
 今日は寝酒を諦めて、ホテルに戻ることにした。ロシアでの、最初の夜の出来事だった。(つづく) [次回5/16(月)更新予定]