作家:中川右介さん(なかがわ・ゆうすけ)/1960年、東京都生まれ。主な著書に『阪神タイガース 1965-1978』『阪神タイガース 1985-2003』『プロ野球「経営」全史』ほか多数(写真:書籍編集部・上坊真果)

非常にロマンチックな空間、地方の時代は阪神から

中川:阪急と阪神といえば、村上ファンドによる阪神電鉄買収騒動もありました。村上タイガースになってしまうんじゃないか、どうにかならないのかというときに阪急が救ってくれました。

井上:阪神・淡路大震災が起きた95年、阪神は最下位、一方、前身が阪急のオリックスは見事に優勝しました。神戸に光をもたらした関西の球団があったにもかかわらず、野球好きの多くは「阪神、阪神」だった。こんな理不尽なことはないと思うけど、私もその理不尽な関西人の一人でした。

中川:阪神に対する特別な思いというのは、多くの物語が詰まった甲子園100年の歴史と切り離せません。プロ野球もない時代にできて、阪神の前身である大阪タイガース誕生時からずっと本拠地です。夜の試合だと顕著ですが、甲子園は周囲に高い建物がないので、暗闇の中、夜空の中に球場だけがあるような感覚になります。この感覚は横浜スタジアムや明治神宮野球場ではないんですよね。宇宙の中に甲子園しかない時間が流れているのではないかと、そんな錯覚すら覚える非常にロマンチックな空間です。

井上:70年代以降にプロ野球界が経営改善を目指す中で、ある意味ロールモデルになったのが阪神だったと思います。それは自前の球場を持っているということです。全国的にファンを持つ巨人は今もなお、本拠地である東京ドームに球場使用料を支払っており、球場を借りる経営をしています。北海道日本ハムファイターズや東北楽天ゴールデンイーグルスなど地方の球団は地域のファンにささえられています。関西の阪神と同じように。福岡や広島、そして名古屋もそうかな。今は地方の時代が実っているのです。そうした今日的なプロ野球の隆盛は、実は巨人ではなく地域の物語を生きた阪神から広がっていったのだと思います。

(構成/編集部・秦正理)

国際日本文化研究センター所長・教授:井上章一さん(いのうえ・しょういち)/1955年、京都市生まれ。専門は風俗史、建築史、意匠論など。主な著書に『京都ぎらい』『阪神タイガースの正体』ほか多数

AERA 2024年9月23日号より抜粋

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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