同名の映画のために作られた100頁余りの冊子。だが内容は濃く、拳闘に関心のない人でも主人公の辰吉丈一郎に興味を抱かせる構成だ。
「どついたるねん」の阪本順治監督が、1995年、25歳の時から、次男がプロテストに合格した2014年11月、44歳の時まで、辰吉の20年間を撮り続けた。いまだ現役を続け、トレーニングを欠かさない辰吉の映画での全発言録のほか、プロデューサーや撮影スタッフらの語りのいずれも密度が濃い。なかでも阪本監督のロングインタビューが面白い。穏やかに訥々と語る辰吉が国語辞典をいつも鞄の中に入れていること、それが父親譲りであることを明かし、辰吉を「考える人」だと評する。
 ドキュメンタリーとして本作が異色なのは、まったくといっていいほど第三者の証言を交えず、対話だけで進むところにある。リングでの映像も最小限に抑え、常套の手法をあえて外している。10分ごとにロールチェンジを強いられるフィルムでの撮影は当初4、5年で終わると考えていたという。辰吉でなければ、こうはならなかったにちがいない。

週刊朝日 2016年4月29日号

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