有希さんは上司のセクハラを会社に訴え、出版社をやめた(撮影/インベカヲリ★)

男性が何を求めているか

 相手が女性に何を期待しているかが、有希さんには手に取るようにわかったという。それをただ演じるだけなら容易にできた。

 しかし、本音を押し殺したままでは長期的な人間関係は築けない。

 しばらくすると居心地が悪くなり、転職は増えていった。

自分の振る舞い方がわからない

「男性が何を求めているのかっていうことに対しての反射がないと、自分の振る舞い方がわからなかったんです。でも、20代後半になってくると別に何も求められなくなってくるんですね。そうすると、何をしていいのかがわからない」

 社会人1年目で身につけてしまった、「男性社会で生きるための処世術」が、逆に自分を苦しめるようになったのだ。そうした中で上司になったのが、件の男性だった。

「セクハラしてきた上司というのは、部下の女性にどう接してもらえたらうれしいのかが、言葉の端々からわかるタイプだった。すごく久しぶりにそういう上司ができたから、『ここは働きやすい環境かも』って思っちゃったんですよ」

“女”から降りたつもりだった

 有希さんは、30代で結婚したことを機に、“女であること”からは降りているつもりだったという。既婚者になれば、性的な目で接してくる男性もいないし、仕事をもらうのに女を武器にする必要もない。その上で、相手の期待に応える振る舞いをしていれば、男性との仕事はスムーズに進むと考えていたのだ。

 例えば彼女は、会議中の上司のリアクションを見て、相手によって頷く場所が違うことに気が付いた。トップの機嫌を取るために頷く箇所を変えているのだろうと推測した有希さんは、逆に自分は機嫌を取らなくてもいい相手になろうと考え、主義主張による口論や批評し合う関係を避け、彼がトップにするような振る舞いを自分がその人だけにするようにしたという。

望み通りの上司と部下だったのに

「そこからは懐に入るような感じでしたね。たまに、夫の話で惚気(のろけ)たりして、わざと夫婦円満アピールをしながら、うまく立ち回ることを考えていたんです」

 実際、上司と部下の関係としては望み通りだった。職場の男性の中には、フェミニズムを揶揄する者も多かったが、その上司はどんな提案も真摯に受け止め、率直なアドバイスをくれた。互いに励まし合い、取引先とトラブルが起きると、矢面に立ってくれるような上司だったという。

「だけど結局、性的に見られているんだなってことがわかってショックでした」

 こうして初めて、有希さんは会社にセクハラを訴えたのである。

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