プーチン氏が言う「伝統的価値の破壊」とは具体的に何を意味するのだろうか。プーチン氏は同じ9月30日の演説の中で、これについてもはっきりと述べている。
「パパ、ママの代わりに『親1号』『2号』『3号』と呼びたいのか。完全におかしくなってしまったのか? 学校で子供たちに劣化や絶滅につながる性倒錯を押しつけることを望むのか? 女性と男性以外の性があるかのように教え、性転換させたいのか?」
とても4州の併合宣言とは思えない言葉の数々だ。プーチン氏は、多様な性的指向や性自認を「悪魔崇拝」になぞらえる、極端な宗教保守を思わせる信念に頭を占領されているようなのだ。
2023年2月の年次教書演説でもプーチン氏は、欧米では「聖職者たちが同性婚を祝福することを強要されている」と批判した。
かつてのプーチン氏は、こうではなかった。00年の大統領選前のインタビューでは「私たちは西欧文化の一部だ。そこに私たちの価値観がある」と語っていた。12年の大統領就任式では「信頼され、開かれ、誠実で、予見可能なパートナーとして世界で尊敬されるロシア」の建設を約束した。
今のプーチン氏を思わせる価値観がはっきりと表れているのは、20年に改正されたロシア憲法だ。
このときの改憲では、これまでの大統領任期をいったんリセットして、プーチン氏が36年まで続投できるようにした。また、国際裁判所などの決定に従う必要はないとの規定を設けたことは、大規模な侵攻の前触れとなった。
しかし、それだけではない。歴史観、家族観、倫理観について、多くの復古的な内容を含む条項が新設された。主なものを以下に示そう。
「ロシアは千年の歴史によって統一されており、理想と神への信仰を我々に継承させた祖先の記憶を保持する」(第67.1条の2)
「ロシアは祖国防衛者の記憶を尊重し、歴史の真実の保護を保証する。祖国防衛における国民の功績を軽視することは認められない」(第67.1条の3)
「国家は児童の愛国心、公民意識、年長者への敬意を育成するための条件を整備する」(第67.1条の4)
「ロシアは国外に住む同胞が(中略)ロシアに普遍的な文化的アイデンティティーを維持することを支援する」(第69条の3)
「家族、母性、父性、および子どもらしさを保護する。男性と女性の結合としての婚姻制度を保護する」(第72条の1)
特に家族についての条項は日本での近年の議論とは正反対の方向への変更だ。宗教保守や旧統一教会の主張を思わせる。
プーチン氏の変化がいつ、どのように起きたのかを知ることはもちろん大切だ。しかし、指導者の変化が国の命運をそのまま左右してしまう独裁的な政治体制がなぜできてしまったのか、その理由を考えることも、それに劣らず重要だろう。